きょうからこちらで「お題頂戴エッセイ大喜利2020」の連載を始めます。

1,000文字のエッセイを10日間10本続けるチャレンジ。

お題はFacebookのお友達からいただきました。

 

最初は「青」。

お楽しみいただければ幸いです。

 

 

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25歳のときだったと思う。

銀座へ「青」を探しに出かけた。

 

 

当時は雪が谷大塚のアパートに一人暮らし。

感覚が日々研ぎ澄まされていくようだった。

クリーム地にグレイの罫の洒落た原稿用紙にエッセイを書きためていた。

 

 

その日も、どこか現実離れした気持ちで電車に乗り、MATSUYAの地下から上がって銀座通りに出た。

銀座の空気はいいわけもないが、わたしはいつも深呼吸したくなる。

どこよりもリラックスできる街なのだ。

 

 

さて「青」を探す。

MATSUYAの1階には濃いブルーの日除けテントが張られている。

白抜きで「MATSUYA」のロゴが入って清々しい。

 

 

テントの数をかぞえながら伊東屋に向かう。

銀座にきたら伊東屋に寄らずにはいられない。

初めての名刺を作ったのもここだった。

イギリス風のスーツを着て金縁眼鏡を掛けた売り場の主任が慇懃に応対してくれたのも楽しかった。

 

 

中二階にはペンや万年筆が並んでいる。

短い階段を上がっていくと、ちょうど紳士がショウケースの向こうの女性店員に万年筆を預けるところだった。

店員はキャップを外し、かたわらのコップの水にペン先をつけた。

インクが溶け出して、瞬く間に水がブルーに変わっていった。

 

 

伊東屋を出て銀座通りを渡り、MIKIMOTOの小さなショウウインドウをのぞく。

ブルーサファイアをダイヤモンドが取り巻く豪華で美しい指輪が飾られていた。ブルーの色が濃くて澄んでいて、誰かの瞳のようだった。

 

 

ここまででは、まだイメージ通りのブルーは見つかっていなかった。

どんなブルーを探しているのか、はっきりとはいえないのだけれど、まだそれは現れていない。

 

 

日が暮れてきていた。

銀座はこの時間がとくに懐かしい。

春の終わりの頃だった。

夕闇が少しずつ下りてきて、あたりがうっすらとブルーに見えはじめる。

でも、この青もまだ違う気がした。

 

 

POLAビルの1階にあるリプトンティールームでクリームシャリマティーを飲むことにした。

温かい紅茶にオレンジのスライスが浮かべられその上にフレッシュクリームがのっている。

華やかで上品な、紅茶の王女様のような一杯だ。

 

 

ビルの扉に手を掛けようとしたとき、わたしの後ろを女性が通り過ぎていった。

サンドベージュのスプリングコートの後ろ姿。

この色の砂浜だ、とわたしは思った。

この色の砂浜の向こうに広がる海の色。

波打ち際ではまだ透明のようで、目をだんだんに遠くにやると、青が見えてくる。

ほんのかすかにグリーンを感じる青。

わたしの探していたブルーはここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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羽生さくる/パーソナルエディター

 

東京都品川区生まれ。

東京女子大学日本文学科在学中からエディターとして仕事を始める。

1988年「部長さんがサンタクロース」(はまの出版)でエッセイストとしてデビュー、「お局さま」の言葉を世に送り出す。

以来、単行本を8冊出版。

現在はエッセイストとして執筆のかたわら、文章教室を主宰。

これまでに指導した生徒の年齢は14歳から88歳までと幅広い。

「自分らしく、自由に」をモットーに、のびのびと自分の文章が書けるように見守りながらプログラムを進めていく。

 

 

 

 

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