第1 はじめに
今日本では、塩村都議への女性蔑視ヤジが問題となっている。
18日の都議会で、妊娠・出産・不妊に悩む女性への支援を訴えた女性都議、塩村文夏(あやか)さん(35)に対し、「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」というヤジが飛んだ、という事案。
ちょっと考えてみたい。
論点を細かく分ければ、
A.え?「自分が早く結婚しろ」「産めないのか」なんて言ってる?捏造か?
B.え?「早く結婚しろ」が女性蔑視?30超えたら男も同じように言われるけど?30超えたら男女問わず言われるけど。女性特有の問題じゃないけど?何でそれが女性蔑視になるの?
などの問題もあるが、今は措く。
第2 女性蔑視は何故ダメか?
では本題。
なるほど。『政治家ともあろう人が女性蔑視発言をするなんて有り得ない怒』との事なのだろう。
だけど、何で?
「何で女性蔑視発言するとダメなの?」
『ダメだから。女性蔑視は悪だから。』
「何故、女性蔑視は悪なの?」
『いや、人権侵害だから』
「人権てwww人権てなに?てか人権侵害でも許されるものもあるよね。逮捕とか。逮捕も悪なの?」
『女性蔑視はとにかくダメ。欧米だってそうでしょ』
「欧米が言うから正しいの?じゃあ欧米が死ねって言ったら(略)」
『てか、男女平等でしょ?』
「え?何で?なんで男女平等なの?じゃあ、中東は?明らかに中東は女性の地位が低いけど?それも悪?」
『…悪よ』
「え?日本女性の中にも、女は早く結婚して家庭に入るべき、という考えの持ち主も多いけど、それも悪?」
『あんたキモい!』
「え?」
『キモい!!』
という訳で、
①女性蔑視は何故ダメか?
が一つ目の論点。ちなみに、僕は女性蔑視については許されないと考えてるから、安心を!
但し!何故女性蔑視がダメなのか?という問いに対して、「え?道徳的に?人権侵害だから?男女平等だから!てか、欧米では常識だし」というフワッフワッした答えしか出来ない人が多いことは問題と考える。
コレね…www多分、この答えは「日本国憲法で男女平等が定められているから」しか正解はない。それが答えられない人がほとんど。
誰か、他にちゃんとした根拠があるなら教えてほしい。
この手の主観的価値観には、何の普遍的根拠もない。
しかし、人はソレが唯一絶対普遍のものと思い込む。それが許せない。ただの「こうなればイイなぁ」ってだけのものなのに。
ヨーロッパは人権の観点から死刑廃止。ヨーロッパが正しいなら、日本も死刑は廃止すべきだね。日本国民のほとんどが死刑存続派だけど。日本国民の人権意識は間違ってるらしいwww
欧米は、積極的に女性が社会進出すべきだという。国連も日本にそのように要求している。当の日本女性が望んでないのにw日本は人権後進国らしいw女性が専業主婦できないような国にしろ、というのが欧米の考えらしい。さすが人権先進国!
中東も女性の地位が低いから間違ってる。
北朝鮮も、独裁国家だから間違ってる。
欧米と異なる価値観は全て間違ってる。
違うだろ!!!!!!
いい加減にしろ!欧米がー!人権がー!吐き気がする。
自分達が、責任をもって、主体的に、自分達の生き方を決めたから、それが正しいんだ!自己決定、それこそが正しさの根拠。
つまり、男女平等も死刑制度も、全て、日本では自分達が自由な意思で決めた事だから、正しいんだ。
中東も北朝鮮もそう。別に欧米が正しいわけじゃない。
第3 憲法尊重義務
とはいっても憲法というのは、基本的には、「国家が守るべき法律」であって、「国民が守るべき法律」ではない。だから、憲法と反する考えがあっても、許されないわけではない。
むしろ「思想良心の自由」「表現の自由」があるから、国民は憲法と反する考えを積極的に持っていたとしても、十分保護される。
つまり男女平等は国としては正しいことだけど、国民にとっては正しいとは限らない。
そうすると、今回の女性蔑視発言の何が「悪かった」のか明らかでなくなる。
自由な意思を持ったのが悪なのか?皆と違う意見を表明したのが悪なのか?他人の気分を害したのが悪なのか?
最初の疑問に戻ってしまうのか?
ご安心を!
議員のような公務員は、憲法尊重義務を負う。ゆえに、男女平等を定める憲法を尊重しなかった今回の議員さんは、やはり「悪」といえる。
これが2つ目の論点。
コレが出てこずに、何故、今回の議員さんを責めることができよう?
第3 目的論的解釈
じゃあ、議員に憲法尊重義務がなければどうだろう?
別に、個人が「女性は早く結婚すべき」「女は家庭にいるべき」「人間は子供を作るべき」と考えても、それは自由だし、間違いではないだろう。
そして議員の仕事って、議会で議論をして、法律や条例を作ることだ。変な失言しても、ちゃんと仕事してればいいんじゃないの?
この点が凄く気になる。3つめの論点。
トリノ五輪代表の國母は態度が悪いから、石田純一は「不倫は文化」発言で、朝青龍は品格が無いとして、それぞれ叩かれた。
スポーツ選手はスポーツするのが仕事、俳優は演技をするのが仕事、政治家は法律を作ったり、執行するのが仕事。
なぜ、そこで、関係のない「あの態度がー」「あの発言がー」という批判が出るのか。
確かに、態度や発言で他人を嫌な気持ちにさせる人がいる。しかし「好きか嫌いか」という問題と「良いか悪いか」という問題は峻別しなきゃいけない。
今回の議員の発言で、嫌がる人はたくさんいただろう。でも、だからといって、「彼が間違い」とはいえないはず。
イイじゃない?いい仕事すればさ。そいつが男尊女卑の豚だろうが、失言の権化だろうが、殺人鬼だろうが。
品格…適格…。それはただの個人個人の主観的な要望に過ぎない。普遍的な正当性はない。
そいつの仕事は何か?そいつが為すべき事は何か?そいつは為すべきことをしたのか?それ以外の、個人個人の主観的な評価は考えるべきじゃない。
このような考え方を法律学では、目的論的解釈という。
何でもかんでも、「政治家の失言がー」「俳優が不倫だー」「横綱としての品格がー」と自分の理想を押し付けて騒ぐのでなく、「政治家の本分から、政治家として正しいか」「俳優の業務内容から、俳優として正しいか」を考えるべき。
何でもかんでも、揚げ足とるのは、凄く幼稚だ。
そんな失言狩りばかりして、日本が少しでも良くなったのか?
「好き嫌い」の判断をするのを理性で我慢して、冷静に「善か悪か」で判断する事。そのスキルを個々人が磨けば、より成熟した社会を作れるはず。