出張先からの帰路、私はゆっくり暮れていく秋の夕空を車窓から眺めている。


秋の夕空は、はかなく、物悲しい。


片方の空が茜色に染まる日暮れが広がっているかと思えば、もう片方はもう真っ暗な空が広がっていく。


秋の夕暮れの空は、はっきりと自己主張しないが、それでも確実に時間の経過をじんわりと伝えてくる。


このじんわり具合が、何となく深い愛情に近い感覚だ。


ストレートな言葉で愛を伝えるのが澄み切った空に例えるならば、言葉では伝えなくても強い繋がりで結ばれているのがいまの空に近いかもしれない。


若かりし頃の愛情は、強くはっきりとした、夏の強い日差しのようだ。

はっきりと伝わるが、日差しが強すぎると日焼けしてしまう。

愛情もそうだ。思いが強すぎると、相手が困ることもあるだろう。


今の私の愛情は、例えならば、秋の夕暮れの、はかないぼんやりとした感じに近いかもしれない。


強くはないけれど、しっかりと心に染み入る感じであの人のことを想いたい。


愛しきあなたは、いまは何をしているだろうか。


帰りのバスに揺られながら、バスの車窓から私と同じ夕暮れ空を眺めているだろうか?


それともエコバックを抱えながら、スーパーの駐車場から暮れゆく夕空を眺めているのだろうか?


例え離れていても、同じ夕暮れ空を眺めながらあなたと心を通わせられるならば、私はちゃんと生きていける。


この広い世界に、あなたとつながっている幸せを感じていたい。