蕎麦の話

①「こんな不味い蕎麦は食べた事がない」咽元まででかかったその言葉を飲み込んだ。自家製手打ち麺が自慢らしいが、明らかに太さがバラバラで、細いのはふやけてのびているのに、太い部分は芯が残って固いのだ。不味いと言えない状況で俺は言葉を考え言った。「すごく革新的な味で理解されずらいと思う」

②「えっ、美味しくなかった?」彼女は悲しそうにこちらを見てる。蕎麦の太さのインパクトが絶大だった為、そこに触れたが、実はスープも濃すぎて飲めた物ではなかった。ダシの味が薄く、醤油の味が強すぎるのだ。しかし彼女が俺に作ってくれた手料理だ。気持ちは本当に嬉しかったのだ。さて、この後なんと言うべきか？

③俺は料理人だ。味に対して嘘はつけない。俺は軽く目をつぶり、頭をフル回転させ感想を考えた。「いや、君が俺のために作ってくれた物だ。その気持ちだけで嬉しくて堪らないよ」一先ずそれだけ言って、一気にスープまで飲み干し「ごちそうさま君の料理が食べれて嬉しかったよ」と言うと彼女は「良かった」と笑顔で微笑んでいる。

④そして俺は続けてこう言った。「麺の太さはできるだけ均一にするともっと美味しくなると思うよ。太さが違うとゆでる時間が難しいからね。スープは醤油が多いと苦味を感じる事があるから、ダシを多くして醤油を減らすともっと美味しくなると思うよ」それを聞いた彼女は「なるほど、さすが料理人、勉強になる」と呟き台所に戻り、そしてもう一杯持ってきた。

⑤「貴方の食べる姿見たかったから、先に出したけど、私もおなか空いちゃったから」俺は、「ちょっと待って」と思わず呟いたが、彼女は一口食べて顔色が変わっていた。しばらくの無言。そして彼女は涙を流した。「これを貴方は笑いながらスープまで飲み干したんだね。ゴメンネ。こんな不味いもの」彼女は顔を手で覆いながら食べるのを止め泣き続けてる

⑥俺は「ちょっと待ってて、台所借りるね。」そう言って彼女の食べかけの蕎麦を持って料理を始めた。蕎麦は太めのと細めのを分けて、太目の方を使いお好み焼きの具にして、細めの方をきゅうり、レタス等とまぶしサラダにした。スープもお好み焼きの味付けや、サラダのドレッシング等に利用した。

⑦そして泣いている彼女の前に差し出した。「俺は君の料理が食べれて本当に嬉しかったよ。はい、今度は俺が君に作った料理だよ」それを聞いた彼女は、涙に濡れた顔を上げて、お好み焼きを一口食べて「これ、さっきの蕎麦？」と聞いた。「美味しい？」と俺が彼女の事を覗き込むように聞くと「美味し過ぎてずるいよ」と言った。

⑧彼女はサラダまで残さずに食べてくれて「あんなに不味かった物をここまで美味しく出来るなんて凄いね。私には出来ないよ」と感想を言った。まだ表情は悲しげなままだ。俺は「蕎麦は美味しく生まれ変わっても君は悲しい表情のままだ。料理の事なら君にいくらでも教えるけど、君を笑顔に戻すにはどうすればいいのか教えてくれないか？」と問いかけた。

⑨すると彼女は、一瞬間をおいて「そんな事もわからないの？」と呟いて、俺のあごに右手を当てて口づけをした。「これだけで十分よ」と彼女は笑顔で囁いた。