①ある日、電車に乗っている際、人の目を見ないのは失礼だ。このままではまずい、他人の目を見る練習をしようと思い立った。ちょうど目線の先に、同年代の女性が居たので、相手が目をそらすまで、こちらからはそらさないと決めて、相手の瞳を見つめていた。すると相手の女性はこちらを見て微笑んだ。釣られて自分も微笑んでしまった。

②相手の女性は、自分が降りる駅まで目をそらすことは無かった。自分は降りながらも見つめていたのだが、その女性は俺が降りた時にやっと目をそらし、友達と思われる女性と何やら話をしていた。一体どんな話をしていたのだろう。まぁ、「さっき前に座ってた人に見つめられちゃった」と心の声は言っていたのだが。

③だが、いい勉強になった。おかげで目を見ると何を考えているのかが、より明確になることが解った。先ほどの女性の目に不信感を全く感じなかったのだ。苗字を知られてない赤の他人だからこそ価値があった。俺は自分の外見に自信を持つようになった。不細工に見つめられたら、あのような目で見つめ返すはずが無いからだ。

④その一件以来、過去に女性に意味もなく微笑みかけられた。という事を、好意的に見れるようになった。まぁ今更なのだが。俺はあの当時は直ぐに目をそらしていたが、もっと相手の目を見るべきだった。彼女たちは、嫌悪感に目をそらす自分をどう思ったことだろう。自分なら感じの悪い男と思う所だが。

⑤この電車の一件は明らかに自分を変えた。周りの女性から告白される事が増えたのだ。居酒屋のアルバイト。今までは目を見ないでお互い仕事をしていたのだが、目を見るようになってからは相手の考えがより解るのだ。それは仕事だと困ってる時にすぐ気がつくという事だ。過去の経験から自然とフォローする習慣がついている自分は、「優しい人」と言われるようになっていた。

⑥相手にどう思われるているかは、表情を見れば明確に解った。親しく思っている人間を見る際は自然と優しい目になるのだ。そしてそれは相手も同じらしい。「前は近寄りがたいクールな印象だったけど、最近は話しかけやすいと言うか、目を見て話をしてくれるのが凄く嬉しい」とバイトの女の子は言ってくれた。

⑦だが、自分の周りを気にする能力は健在だ。彼女が俺に好意を持っている事は明確だったが、密かに思いを寄せている男性バイトが居る事は把握してる。そして彼は今も仕事をしながら、こちらを気にしている。彼女はこっそりと、「仕事が終わった後に2人で話したい事がある」と俺に言ったのだが、彼に妬まれる不安を表情に出すと、彼女が不安に感じると思い、実際に一瞬、不安な表情を浮かべた彼女を見てしまい、俺は「解った後でね」と安心させる返事をした。

⑧俺は彼女を嫌いではないが、それほど知らない。そして彼女に好意を持っているバイトが居る事を知っているのだ。彼ともそれほど仲がいいわけではないが、彼女との話し次第では完璧に嫌われるようになる事だろう。俺は、彼女が彼をどう思っているか探る事から始めようと思っていた。

⑨そんな時、そのバイトの男と擦れ違った際、彼は言った。「何、仕事中にこそこそと女と話ししてんだよ。職場にナンパにきてんのか?」俺は、なんと答えるべきか一瞬悩んだが、その一言のおかげで、悩みが消え去って嬉しかった。この男と仲良くするすべは既に無いのだと。仕事面で言えば、彼の方がナンパしに来てるとしか思えないようないい加減さだったから尚更だ。

⑩真面目に仕事をしている俺が、彼が彼女に気があると明確に感じるほどの仕事内容なのだから解るだろう。お客さんよりも彼女を見てる時間の方が多いんだ。そんな男が仕事面で、俺に説教してくるのが可笑しくて堪らなくて、敵意が芽生え、そしてこの後のことを考え同情もした。


第二部完 最近短編予定が長くなるパターンが多い…。(-"-;A