黒い帽子の男・・・彼は只者じゃなかった。間合いに入った瞬間のあの感じはリックやバルザックと同じくらいの絶望感ともいえる恐怖だった。私では絶対に勝てない力の差をあの一瞬で感じた。そして、瞬殺のオルガ・・・彼にも私では勝てないだろう。アッシュなら勝てるのだろうか?サーシャはあの2人とアッシュとの戦いを想像して首を振った。

そこにアッシュが私の不安を察したのか、私の肩に手を乗せてきた。おかげで私の頭から嫌な考えが消えていったのだが、もう一人の男の存在を思い出した。

「そうだ!アッシュ、バルザック!私と戦ってた弓使いのザックって男が海に飛び込んで逃げたのよ。私に顔を斬られて、ひどく私を恨んでいた。アイツはまた必ず私の前に敵として現れると思う」

それを聞いてアッシュは弓使いの男を思い出した。
「あの弓使いも生き残ったのか。あいつの弓の実力も並じゃなかった」

アッシュの言葉に合わせてバルザックも口を開いた。
「俺は混戦とはいえ、並みの実力で簡単に弓で狙いを付けられるほど落ちぶれちゃいない。アッシュに言われるまでも無く狙われてる事に気が付いたが、狙ってから矢を放つまでのスピードだ。サーシャが来なければどうなっていたか解らん。そう考えると、黒い風ってのは相当厄介な海賊だったのかも知れんな。船長を名乗っていたギム。あの男、俺の剣を斧で防ぎやがった。お前らも俺の実力は知ってるだろう。俺の剣は1刀でさえ、並みの斧など粉砕するんだ。その俺が2本の剣で全力で斧ごと相手を両断するつもりで放った剣を無傷で受けやがったんだ。あれには正直驚いたね。そこに転がってる死体を海軍に持っていけば褒美くらい出るかもしれんぞ」

それを聞いたアッシュはバルザックに答えた。
「いや、俺達の目的はサキだ。海賊討伐の褒美よりも先を急ごう。俺達だけでこの船を動かすには時間が掛かりそうだが他に手はない。スピードが出ないのだからとにかく急がないとな。船長の死体だけは残しておいた方がいいかもしれない。この船で港に着いたら、住人も驚くだろうからなぁ。まぁ、他の死体はかたずけたほうがいいな。

アッシュがそう言うと、バルザックは剣で死体を突き刺し海に投げつけていた。いくら敵の死体とはいえ、余りの乱雑っぷりにアッシュとサーシャは何か言おうとしたのだが、それに気が付いたバルザックが先に口を開いた。「俺達が負けていたら、サーシャは乱暴されて、俺達は拷問された上で港でさらされてたろうな。海に帰してやってるだけやさしいだろう」

そう言われてしまっては、アッシュとサーシャは何も言い返せなかった。そして船の死体をかたづけ終わった所で、サーシャが気が付いた。

「アッシュ、バルザック、船だわ!あの船は海軍よ!近づいてきてる!」

「まいったな。まぁ、ギムの死体があれば何とかなるかもしれないが…バルザックの件で何か言ってきた場合は、全面対決も覚悟しないと駄目だぞサーシャ。話し合いで済めばいいが、どうなる事か…バルザック、何があっても一蓮托生だからな。俺達は絶対に仲間を売ったりしない。早まった真似だけはしないでくれよ」

「ふっ、お前達が嘘をつかんのは解ってる。お前に任せるよアッシュ」そう言ってバルザックは剣に付いた血糊を布で拭い落としながら鞘に収めた。