翌日カシムは目を覚まし、俺は事情を詳しく聞いた。カシムの話では、自分の他に2人の仲間が居たそうだが、どちらもブラックベアーにやられたそうだ。しかし妙な話だ。ブラックベアーは群れでは行動しない。一体どういう事なのだろう。俺は真相を確かめる為に東の洞窟に行く事にした。

『ゼノン!だめ!行かないで。カシム達は3人でやられてしまったのよ。貴方一人では・・・』

『俺は大丈夫だ。いざとなったら魔の力を使う。このまま放置して町に被害が及ぶ方が心配なんだ。危険を感じたら直ぐに帰るよ』

『ま、まって、コレを持って行って』ルイーズは慌てて駆け寄ってくると1枚の布切れをくれた。それには、【貴方に幸せが訪れますように】と書かれていた。人間の風習で、意中の男が戦場などに出る際に、布に想いを込めながら文字を書き、それを手渡すらしい。

俺は、『必ず戻る』とだけ言って、東の洞窟に向かった。

東の洞窟の3階までは、すんなりと進んだ。問題はここからだな。そう思い探索を続けるも、特に変わった様子もなく、魔物にも遭遇しなかった。おかしい、魔物が少なすぎる。そう思い更に探索を続けたが、4階の入り口まで何事もなく来てしまった。そこに一人の男が居た魔術師のようだ。俺を見るなり魔術師は話しかけてきた。

『お前さん、半魔だね。可哀想に、お前さんの苦しみは、私にはよく解る。人間になりたくはないかね?』

『なっ!』俺は思わず叫んでしまった。人間になれる・・・。俺の夢がかなうのか?俺が人間になって帰ったら、ルイーズはきっと喜んでくれる。

『この水晶をじっと見つめるだけでいいんだよ。さぁ』

俺は魔術師に言われるままに、その水晶を見つめていた。


それから4日後の事だった。
サキ達は、船着場にたどり着いていた。『この国は人間と魔族が共存する国らしい。こちら側は人間の区域だが、魔族と人間すら共存できる国なら、生まれや育ちを気にする事無く、暮らせるかもしれない。』私がそう言うと、クレアも微笑んで頷いた。

『クレア様!あそこに!』リスティアが指差した場所には、海を眺めながら、涙を流して祈りを捧げている女性が居た。私たちはその女性に話しかけた。

彼女はルイーズと名乗り、悲痛な面持ちで懇願した。
『私の大切な人が、東の洞窟に向かったまま帰ってこないのです。あなた達は冒険者でしょうか?お願いします。私を東の洞窟に連れて行ってください。

私達は、彼女の願いを承諾した。そして直ぐに東の洞窟へと向かった。リスティアが先頭でクレアとルイーズは剣を持ち真ん中、俺は弓を構えて腰に短剣を携え後方と言った陣形で、魔物を倒しながら探索し、3階まではすんなり行けた。3階の魔物は中々手ごわくて、ルイーズは恐怖に震えていた。『ルイーズさん大丈夫?』と隣でクレアガ話しかけていたが、クレア自身も少し震えているのがわかった。ブラックベアーは、リスティアが居なければ、とてもじゃないが倒せない相手だった。

そして、4階の入り口周辺にたどり着くと、死人が襲い掛かってきた。
『何!死体が動いてるの!』クレアが驚いて声を上げる。そして、その声を掻き消すように『ああ・・・あれは、カシムと一緒にここに来て殺されたキム。いやぁ』と、ルイーズは涙を流して悲鳴を上げた。『誰かに操られている、この人たちは死んだ後に操られているんだ!開放してやらないと!』私はそう叫んで、矢を放ち、リスティアも必死で剣を振って、撃退した。

そして、死体が動かなくなったその時、2人が現れた。
『ゼノン!』ルイーズが呼びかけるが反応がない。

『無駄だよ。私の魔法は解けないよ。あんた、この半魔の知り合いかね?コイツは人間にしてやるって言ったら、喜んで魔法に掛かりやがった大馬鹿だよ。見せたかったね、コイツの浮かれきった顔を。一生、私の手足になると言うのに。フフフ』魔術師は不気味に笑いながら言った。

『そんな、ゼノン!お願い目を覚まして!』ルイーズは涙を流しながら必死に呼びかけたが、術が解けるような気配はまるでなかった。

『さぁ、こいつらを仕留めろゼノンよ!』魔術師がそう叫ぶと同時にゼノンが襲い掛かってきた。リスティアが間一髪で、ルイーズを庇い剣を受け止めるが、凄まじい連続攻撃で、リスティアの実力でも、いつまでも受けてられそうにない。私は、魔術師を狙おうとするも、ゼノンが邪魔になり、狙うことが出来なかった。

『サキ様!もう持ちません!このままでは!』リスティアが悲鳴を上げる。くっ!やるしかないのか。『すまないゼノン!ルイーズさん!』私が狙いをゼノンに変え、同時に、リスティアが攻撃に転じようとした正にその時だった。

ルイーズがゼノンの前に無防備で立ちはだかったのだ。ゼノンの剣はルイーズを貫いていた。
それと同時に、ゼノンは頭を抱えて苦しみだした。『サキ!水晶よ!』クレアが私に向かって叫ぶ。私は一瞬の隙を逃さず、魔術師の水晶に狙いを定めて矢を放った。水晶は粉々に砕け散った。それに気を取られた魔術師を、リスティアが左肩口から斬りつけた。

『ゼノンしっかりするんだ!』私はゼノンとルイーズの元に駆け寄った。

『あぁ・・・ルイー・・ズ』ゼノンはルイーズを抱えて悲痛な表情で話しかけていた。『よかった・・・ゼノン。正気に戻ったのね・・・。ゼノンは気にしてたけど、私はこの角が大好きだった。貴方と一緒に暮らしたかった・・・』そう言い残してルイーズは息を引き取った。

『ルイーズ!ルイーズ!!うぅ、俺がこんなヤツに騙されなければ!俺はお前と暮らす為だけに、人間になりたかったのに・・・お前が居なくなったら・・・ううっ』

クレアも涙を流して見ていた。リスティアは堪えていたのだが、ゼノンが右手に握っていた布の文字を見て堪えきれなくなり、クレアの肩を抱えて涙を流していた。【貴方に幸せが訪れますように】布にはそう書かれていた。

そして、私たち4人はルイーズの家に報告した。ルイーズの両親は、『やはり、半魔などに関わるから不幸が訪れたんだ!出て行ってくれ!』ゼノンにそう言って泣きながら怒鳴りつけた。ゼノンは言い返さず、町を出る事にした。町の出口で、私はゼノンに話しかけた。

『ゼノン、私達と一緒に行こう。私達は幸せに暮らす新天地を求めて冒険をしているんだ。どんな過去も、どんな種族も関係なしで暮らせる場所を探す旅だ。ゼノンの幸せを、ルイーズさんは最後まで祈っていた。私たちもゼノンが居れば心強い』そう言ってクレアとリスティアの方に目をやると、2人とも、瞳に涙をためて頷いた。ゼノンは私の目を見て、軽く頷き、差し出した手を握ってくれた。