俺は、母の遺言のとおりにこの国へきたおかげで、何とか生き延びる事ができ、生活も落ち着いてきた。情熱的な母の血を色濃くひいた俺が、優しく接してくれるルイーズに恋心を抱くのに時間はかからなかったが、自分の子供なんて出来た日には、どんな姿をしている事か。それを考えると、恋愛なんて出来なかった。俺は彼女に気持ちを隠し、冷たく接する事が多かったが、それでも彼女は常に優しかった。

そんな折に、一つの噂話を聞いた。
魔族を人間に、人間を魔族にする魔法の存在だ。半信半疑ながらもその魔法に希望を抱いた。その魔法なら俺が人間になる事も可能かもしれない。嘘か真かも判らない話で、しかも、半分魔族で半分人間の俺にも可能かどうかも解らず、手がかりなど何もなかったが、俺は【人間になる】と言う夢を持つようになった。

魔族は魔法が得意だ。魔族の魔は、悪魔の魔ではなく、魔法を使う一族と言うのが魔族と言われる由縁らしい。半分魔族の俺も魔法の素質はあるようで、炎を操る事ができる。だが、人間の前では出来るだけ使わないように生活していた。この国は周辺に魔物が出没するので、魔物退治やら、洞窟の探索などで、手に入れた物を、町の人間に売ることで、俺でも生活ができるのだ。そんな生活をしていたおかげで、俺は剣の実力はすぐに上達していった。

俺がいつものように東の洞窟に向かおうと、町を出ようとした時、『ゼノン、また洞窟に行くの?』と、ルイーズが声をかけてきた。俺は『あぁ』とだけ言って目をそらして先へ行こうとすると、『絶対に無理はしないで、必ず帰ってきてね』と心配そうに言った。

お願いだから、これ以上優しくしないでくれ。気持ちを抑えられなくなってしまう。そんな思いを掻き消すように、俺は軽く頭を振って、振り返る事もせずに洞窟への道を急いだ。

東の洞窟は、浅い場所、第1、第2階層には、弱い魔物しか出ないのだが、ある一定の階層を越えると、恐ろしい魔物がすんでいるらしいのだが、そこまで行った人間は居ないし、帰って来ないので、本当のところは誰も知らない。第4階層より先は進んでは行けないと人間の間で決まり事のようになっている。まぁ、今の俺には、第3階層の魔物でも十分手ごわいし、3階まで行く人間もほとんどいないので、現状は3階までの探索で十分だ。俺は1階、2階を最短距離で通過して、3階へ向かった。

途中、蛇や大鼠のような弱い魔物をいつものように退治しながら進んでいたのだが、3階の目前で一人の人間が大鼠に襲われ倒れていた。俺は、すぐに駆け寄って大鼠を退治して、声をかけた。その男には見覚えがあった。少し前から町で行方不明になっていたルイーズの友人の一人で、カシムだ。

『おい、カシムしっかりしろ!』俺が声をかけると、カシムは力なく言った。

『ゼノンか・・・皆やられちまった。3階でブラックベアーの群れに出くわしちまって、なんとかここまで逃げてきたんだが、大鼠を倒す力も残ってなかった。助かったよ』そう言ってカシムは意識を失った。俺は、探索を諦めてカシムを町に連れ帰る事にした。

『カシム!』町の入り口でカシムを背負った俺を見て、ルイーズは駆け寄ってきた。

『3階の手前で一人で倒れていたんだ。他の仲間はやられたらしい』俺はそれだけ伝えると、直ぐに医者に連れて行った。ルイーズも俺の後についてきた。幸い、カシムは一命を取り留めたがその日は意識を取り戻す事はなかった。

カシムの話だとブラックベアーの群れに襲われたとの事だが、俺は3階にはよく行くが、群れのブラックベアーになど、遭遇した事はなかった。俺が行った事もない奥まで探索していたのだろうか。鋭い牙と爪を持つ素早く凶暴なブラックベアーが群れで襲ってきたら、俺でも魔法を使わなきゃ勝てる自信はない。

カシムを抱えて急いで帰った事で、思いのほか疲労もたまっていたので、その場はルイーズに任せて俺は小屋に戻って休む事にした。