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FASTXのブログ

中学生の頃に始めた名残でまたスタートしようかと思います。
また、昔の記事は少し中二病が入っていて恥ずかしいので隠そうと思います(笑)
よろしければ楽しんで見ていってください。

続き行きます。




そしてこれから書くのが春からの出来事です。



春はいつも新曲を作り、それを県大会で披露するのですが、



今回の曲は「春嵐」。



旋風や大雨をイメージした、荒れ狂う春の嵐。



今の宇品みなと太鼓ではピッタリなのではないかと、今考えたら思います。






宇品みなと太鼓は、今年で創設15周年で、記念講演会が南区民文化センターで行われました。


たくさんのゲストの太鼓団体が引き立ててくださいました。



演奏した演目は、基本打ち、夢花火みなと祭り、祈り、三宅太鼓、屋台囃子、生命の詩、冬の稲妻。



そして、青少年ジュニアコンクールの方も同時に開催、勿論宇品みなと太鼓は新曲、「春嵐」。



審査はビデオ審査という形になりました。



結果待ちを心待ちにしながら、今度はM先生に感謝を込めて。



宇品みなと太鼓の持ち曲全曲を1日でするのは初めてだったので、相当なきつさでした。


でも、全力で叩ききりました。



最後に花束を送る前に感謝の気持ちを言葉にして伝えた時は、涙が出そうになったな。(笑)


先生も涙目だった。(笑)



そんな風にして最高の形で15周年の記念講演会を締めくくることが出来ました。




そして、ビデオ審査の意外な判定。



宇品みなと太鼓が一位で、長野で行われる全国大会出場が決定しました。



正直、ほんとにびっくりしました。


もうチャンスは無いと思っていたので、ほんとに嬉しかった。


そして、そこからもっと頑張ろうと思うようになりました。


部活も引退し、火曜も太鼓に出られるようになりました。




もっと、もっと、上に。



そんな意識が出れば出るほど、周りが見えなくなっていく自分がいました。



そこで部員とのすれ違いが起きてしまいました。



2つ目の転機です。







続きます。




PS.もう少しなんでよければもう少しだけ付き合ってください(笑)

続きです。




手紙と言っても、メモ用紙みたいなものに自分の思いを文章にして、それをM先生にそのまま出しただけなのですが(笑)




とりあえず手紙のことは2つ目の転機の時に話すので、とりあえず俺が犯した失態について話します。



この時、腑に落ちないことがありました。




一つ目は、練習内容。


繰り返し繰り返し同じ曲ばかりして、所作についてあまり触れていないことでした。


とにかく、叩き込む。


そんな練習に、少し疑問を抱いていました。


本当に、このままでいいのだろうか、と。




しかし、遅れている俺にそんなことを考えている余裕はなく、自分の修正で手一杯でした。


木曜日に自主練に出てきている奴らも皆上手くなっているし、問題はないかなと、見送っていました。





二つ目は、練習の参加人数。



20人以上いる部員たちが、酷いときには2,3人しかいないことがよくありました。




こいつら、本当にやる気があるのか?




ついついそんなことを頭によぎってしまいますが、これは自分の事を差し置いた発言です。



今まで練習に出られなかった人間が言う資格がありません。





それどころか、これから起こる2つ目の転機の時に、この二つは自分の失態だということに、振り返って初めて気付きました。


これも後々お話します。





そしてそんな状況の最中、とうとう一週間前になってしまいました。


準備どころではありません。


なにしろ、全員で合わせて練習するのが二ヶ月ぶりくらいの完成度ですから、たかが知れています。


しかしさすがに最後の一週間は皆練習に出て、なんとか無理矢理完成形まで持って行きました。


しかしその完成度は、少なからず高いものではありませんでした。


すべての面において。




しかしその当時の俺は、この程度でも行けるだろうと思っていました。



井の中の蛙というのでしょうか、妙に自信があったんです。



しかし、それは会場でのリハーサルで一気に崩されました。







リハーサルの前に、M先生が急に、



「課題曲のアクセントを少し変える」


と、言い出しました。



ところが周りの部員やK先輩は、今のままで行ったほうが絶対いいと言われたので、変えずに行きました。


俺も今までどおりが良かったので、今までどおりいきましたが、少し困惑があり、抵抗もありました。



M先生の言葉を無視していいのだろうか、と。



しかし、そのことはリハーサルが終わった後に謝ればいいと思い、さして気にしてはいませんでした。





ところが...



不安が、なかったわけではありません。



ただ、それが予想外の形で出てしまっただけです。





音が、響かない。





これは相当ショックでした。


今までどんな広い場所でも、ホールの中では音を響かせてきました。


自分に返ってくるように。






しかし、どんなに必死に叩き込んでも、音は返ってきませんでした。



その場で泣きそうになったのをこらえて、建物のそばの影で泣きました。



三ヶ月の努力は一体何だったのか、と。



部員に涙を流した後を見られないようにトイレで顔を洗いました。


それでも、フラッシュバックが来る度に、涙が出そうになりました。




本当に悔しかった。


そして同時に、


今回は絶対賞は取れない、と、確信した。



五年も待った、全国大会なのに。




そんなことを考えてたら、


バスの中で抑えてた涙が、やっぱり零れてしまいました。




部員たちを不安にさせたくなかったのに、結局涙を見せてしまいました。





その後、いろんな人達の話を聞きました。



俺はどうすればいいのか、一人でいる時間ずっと考えていました。





そして一回、ホテルの中で集合がかかりました。


そこでみんなの顔をもう一度見て、M先生の顔を見て、


俺だけ諦めるわけにはいかないな、と思いました。


いつものように円陣を組んで、声を出しました。


先生に声を抑えろと言われたけど、ホテルの中なのに、とても大きな声で(笑)




その日の夜、俺がしなければいけないと思ったのは、一人ひとりに対する声掛けでした。


しかし、一人ひとりと対話する時間も後1日という間には厳しいものがあったのでその日、ラインでタイムラインを発信しました。


一人ひとりに対するコメントを書いて。



彼らと、彼女らだけに届くように。









結果はやはり、賞は取れませんでした。


せっかく巡り巡ってやってきたチャンスを棒に振ってしまいました。


しかし、ここで立ち止まっている訳には行きませんでした。


これからどうすればいいのかを、考えなければいけませんでした。


俺は大学生になったら抜けなければならないから、自分が彼ら、彼女らにしてやれることはなんだろうか、と。



今年はきっと全国大会のカードはやってこない。



だから、来年、俺がいなくても、賞を取れるような力を付けられるように。







次回続きます。

続き行きます。





そして、朗報。




待ち望んだ全国大会への出場が決定しました。


それでも、そこから二週間の間は、和太鼓の練習に行くことが出来ませんでした。








そしてここから、新たにもう二つの転機がありました。




ここからが今の俺があり、今の宇品みなと太鼓がある原点だと思っています。




一つ目の転機。



俺は高校二年生の冬に、友達から I Pod Touchを貰い、ラインを始めました。




そこで、宇品みなと太鼓のグループを作りました。



最初はみんな参加してくれていたのですが、

一人グループを脱退した子がいました。



その子は先ほど話しを出した全国大会に行きたいといつも言ってた子でした。



いきなり脱退したし、なにか気に入らないことがあったのかなーと、少し気がかりになり、ラインを送ってみました。



その時聞いた理由は、あんまり覚えてないのですが、とりあえずグループを作った事自体があんま良くなかったのかなと解釈したので、とりあえずグループを解散させました。





しかし、聞いた理由とは別に、本当の理由を他の人から教えてもらいました。




その理由は、俺がバイトが多くて出れないという話をラインの中でしたのを見て、こっちは皆必死にしてるのに、よくバイトなんかにのうのうと出れるなというような内容でした。








俺は彼女らの努力を踏みにじっていた。



上達するには練習時間がいる。



きっとあの木曜日にに来ていたメンバーは、毎週欠かさず練習に出ていた。



俺はこのままでいいのか...?







俺は、


そこでようやく目を覚ましました。







あの話が俺の耳まで真意が届いてなかったら、どうなっていたのか。



それは分かりません。



ただ、それからは休みは極限に抑えて練習に出ました。





火曜日はOFFですが、バイトは週3以上は出なければお店に凄く迷惑になるので、ぎりぎりのボーダーラインの火・土・日で出勤しました。



その分、木曜日と金曜日は必ず太鼓の練習に出ました。



S先生に手伝ってもらって軌道の修正や力の抜き方の修正を三ヶ月掛けて練習しました。





五年ぶりの、全国大会に向けて。






そして、ここからが俺の全ての失態です。



俺が元凶でした。



俺がいなかったらきっと、こんなことになっていませんでした。



そのことに、俺はこの時、まだ気づけていませんでした。






これからする話は、幼い頃から指導して頂いているM先生に書いた手紙の内容です。










次に続きます。








PS.大晦日の間に振り返っときたい!終わるかな...(笑)