川畑秀雄プロフィール
川畑秀雄(かわばたひでお)
株式会社ドクターズファーマ会長 CEO
感謝株式会社社長
一九六九年、神奈川県横浜市生まれ。貧しい家庭で、小学校の頃から母親の新聞配達を手伝って育つ。
十代の頃からさまざまな事業展開し、型破りな方法で次から次へと売り上げ記録を達成させる。しかし、傲慢経営がたたり、失敗。全てを失ってなお二億円の借金返済と家族離散の暮らしを経験する。
再び仕事への情熱を取り戻した後、ホームページ制作会社を立ち上げ、借金を完済。
さらに躍進する。
迫力満点な体格にお坊さんのような風貌は、まさに現代の「平将門」。その容貌とは裏腹の優しい瞳、人を楽しませずにはいられない話で、いつも周囲を明るくさせる。
貧乏だった少年時代
今思えば、子供の頃はかなり貧乏な家で育ったんです。でも小学生の頃は、自分が貧乏だと分からなかったんです。覚えているのは、いつも体操着で遊んでいたことと、親からお小遣いをもらった記憶は一切ありませんでした。それが当たり前かなって思っていました。
父は「呑む打つ買う」で、当時の解釈で「虐待」今の解釈で「試練」を受けました。
母は朝の新聞配達から始まって、それが終わると工場で働き、夕方はまた新聞配達、夜は十二時ぐらいまでレストランの皿洗いと、とにかく一日中働きづめでした。
自分も一緒にくっついてレストランの余り物をもらったり、子供の頃から働きました。
その頃は横浜に住んでいましたが、けっこう田舎で緑がたくさんあるところだったんですね。真夜中に、一人で一寸先は何も見えないような真っ暗な山の中に入って木に砂糖水を塗って、カブトムシやクワガタを大量に捕まえると、それをペットショップや近所の子供たちに売っていました。
けっこういいお金になったんですよ。ラーメンが一杯二五〇円の時代に月収四万円の小学生でした。この頃から、お金儲けってこういうことなんだって学んでいったんだと思います。
中学時代に、宮尾すすむさんが司会をしていた「日本の社長」という、いろいろな社長さんの体験談を紹介するテレビ番組がありました。
それをよく見ていたんです。その時にこう思いました。
「猫も杓子も大学に行くけど、社長にはなれないだろう。だったら将来、自分は独立して社長になりたい」
十五、六歳の頃にはそう決めていました。今だから言えますが、中学時代も内緒でコンビニのお弁当工場でバイトしていました。昼の時給は四八五円なのですが、深夜は六二五円。だから夜中も寝ないで働いていました。
中学を出てからは、中央市場の八百屋さんで働いてから定時制高校に通いました。もちろん、家にお金はありません。学費は自分で稼ぎました。
中学を卒業する十五歳からこの方ずっと、親から一円ももらっていません。それどころか、十五歳の時には、親と姉にお年玉を一万円ずつあげるほど稼いでいました。
こんな子供時代にハングリー精神が育てられたのでしょうね。
つづく
感謝しています。
お知らせ
★9月28日(水)
18時30分より永田町駅徒歩1分 全国町村会館2階で経営者倶楽部パーティー開催します。
是非経営者の方はご参加ください。
会費10,000円
★10月15日(土)16日(日)
夢専中級開催します。
前回の参加者大学生の動画の感想をどうぞ!!
11月11日(金)川畑秀雄著書の出版記念パーティーを100名限定でやります。
感謝しています。
