11日、地震が起きた。
東京・中野の自宅でもはっきりと知覚される。それどころか、人生最大の大きさだ。

NHKをつけた。震源は東北地方沖。大津波警報が出ている。
まるで映画の一場面のようだ。現実感がない。


僕は茨城に友人がいる。昔から"ちょっかい"を出されやすい友人がいる。
通話を試みたが、つながらない。ここで僕は間違いを犯した。
震災を茶化すようなメールを複数の友人に送った。すぐさま不謹慎だとの旨を返信してくる者があった。
ただ、現実感が無いため、深く考えない。

翌日、続報を確認した。どうやらいくつかの都市を津波が襲ったらしい。
また、電車がいくつか止まっているらしい。大変だなぁと思った。
福島の原発がなんだか不穏な動き。どうにかなるだろ。
余震が多くて煩わしい。茨城の友人とはまだ連絡が取れない。

その後、続々と情報が入ってくる。ちょうど白地図に情報が埋め込まれるように。霧が晴れるように。
(戦場とはこんな状態だろう。情報が入らなければ対策の打ちようが無い。)
情報を受け取りながら、恐ろしくなる。霧が晴れて景色が見えるようになり、凄惨な風景が現れる。
津波被害は詳細が明らかになりつつあり、万単位での死者が想定されている。

福島第二原発は4基の炉のうち、すでに2基が水素爆発を起こしている。
燃料棒は露出し、炉心が融解しているとの情報もある。むかしwikipediaでしらべたメルトダウンというものだろうか。日本の原子力政策に対する影響は必至だろう。

友人とは已然として連絡が取れない。PCメールでもだめだから、Google Person Finder を利用する。
なんで携帯の電源が入っていないんだ。アパートは崖みたいなところにあったから、万一のことが頭をよぎる。
彼の通っている茨城大学のHPは表示できない。サーバーに電源が行っていないのか。ネットワークに接続できないのか。どちらにせよ穏やかではない。

僕は自分が嫌になる。想像力が無さ過ぎる。
友人が関係していなかったら、僕の見方は今とは変わっていただろう。
僕という人間は、自分が関係していないことに関しては、冷徹でい続けられるんだな。
嫌になるというのも嘘なのかもしれない。信用ならない。


最初の大津波の報道のとき、漁港近くの高架道路で津波を見物していた人は、どうなったろう。

なんだかここんとこ、引きこもりみたくなってる。
部屋から出ないんです。別に外の世界が怖いわけではないけど。
就寝時間が遅いため、昼まで寝ています。そしてネットへつなぐという。。
まだ新居を定めていません。おれは何をしたいんだろう。

自由な体は、碇のない船です。
僕にとっては、動力の無い船です。
以前から楽隠居を夢想していたんだけど、このぶんだと "楽" 隠居はできそうもないな。

飯を食って糞して寝るための機能的なデザイン。
多少摂取カロリーが変動しても、効率的にエネルギーを確保するための貯蓄機構。
意思とは関係なしに働き続ける強靭な心臓。
貪欲に子孫を残そうとする精巣。
毎日伸びてくる意味の無い体毛。

檻の中にいます。巨大ロボットの中みたいだ。




動くもんは動かしとけ
真逆のことを挙げてみよう (厳密じゃないよ)

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終わること 始まること
食べること 出すこと
寝ること 起きること
笑うこと 泣くこと
表現すること 鑑賞すること
明るいこと 暗いこと
吸うこと 吐くこと
閉じること 開けること
悪いこと 良いこと
買うこと 売ること
点けること 消すこと

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日常的に行っていることは、反対のこともまた日常なんですね。
片方ばかりやっていては、生活するスペースが極端に制限されそうです。果てには、生きる隙間も無いくらいになっちゃいそうだ。

ならば生きる、の反対はなんだろうと。死ぬ、ではないわな。それなら生まれる、って感じだし。
生きることは日常に組み込まれていそうだが、反対の言葉が思い浮かばない。だからといって『生きるってトクベツ!プレシャス!』とか言いたいわけじゃなし。

うーん、黙示的。
なんじゃらホイ。