1年前に開設したブログですが、全く動かさず約1年経ってしまいました…
お笑いは好きですが、文章に残す習慣がなく怠っておりました。
自分の死に際に自分で思い出を思い返すものとして残したいと思いブログを開設しました。
完全自己満です。
未来の自分へ
私「玲」は現在20代後半です。
お笑いが好きになったきっかけは、母に暇なら見なと勧められた8時だよ全員集合ですよね。
母は世代でございますが故に私も見るようになりました。それが小学校に入学した頃でした。
ドリフターズさんの生き生きとしたコントは子供ながら魅せられました〜バカ殿も好きだったよね!!
その後、私はケーブルテレビでよしもと新喜劇を自力で見つけ、見るようになりました。
これが私が吉本の沼にハマったきっかけかもしれないと思ってます、、
私の小さい頃はお笑いブームがあって楽しい時代でした。
笑う犬、リチャードホール、はねるのトビラ、めちゃイケ、エンタの神様、爆笑レッドカーペット、爆笑レッドシアター、爆笑オンエアバトルなどなど言ったらキリがないくらい沢山のバラエティーを見れました。
あの頃は今のようにyoutubeなどの媒体は無かったからテレビやゲオのあの店舗にお母さんに頼んでDVDを借りに行き、沢山見たよね!!
リチャードホールの下衆ヤバ夫や栗井ムネ男、、ミル姉さんは子供には早かったかもね笑
はねトビのキリギリスやアブチェンジを真似して友達と遊んだよね。めっちゃ楽しかった。
あと幼少期にお笑いノートなるものを作って、お笑い芸人の名前を綴るノートを作ってたよね!
芸人の名前を言わせるためにクラスの友達集めたの今思うと恥ずかしいです。
それを経てお笑いブームが去り、私も自ずと心が離れてKAT-TUNへ笑
ギリギリで生きる大人がかっこよかった〜舌打ちとか素敵だった。今見ても推せる!
しかし、推しの赤西のKAT-TUN脱退。
めっちゃ打ちひしがれた幼少期の私にある日突然にそれは訪れました。
友人にお笑い好きだったよねと言われ見せられたお笑い男子校の女装特集。
その時にパンサーの向井さんに一目惚れをしましたよね。
正直興味を持つきっかけは顔でした。
私は女装が似合う男性の顔が好きです。
今でも私はパンサー向井さんの顔ファンです。
あの日からずーーっと好きです。
今は向井の喋り方もチャリで30分もふらっとも聞いてます。
向井さんのせいでラジオにハマってしまい立派なリトルトゥース、ゲスナーに成長しました。
向井さん顔だけじゃなくて考え方や腹黒いとこ全て好きです。
思春期の私は向井さんをどうしてももっと見たい!!その時に出会ったのが、そうあの「YNN」でした。
出会った日から毎日パソコンに齧り付いて見ました。
私の青春はAGE AGE LIVE、シチサンLIVE、よしログで出来ていると言っても過言ではありません。
あの頃の無限大ホールはすごかった、、
いつも熱を帯びていてとても素敵でした。
熱中しすぎたあまり、錯覚し、私が芸人になりたいと三者面談で言ったのは黒歴史です。
ただ芸人になりたいなりたいと思えば存在が遠くなる。子供ながら難しい世界だと知ったのもこの頃です。
私の人生はこれで一変してしまいました。
お笑いの世界にどっぷり浸かり、M-1があるからと彼氏とのデートを断る女子大生を経て20代後半になりました。
今やその彼と結婚し、毎年M-1を同じ熱量で見られる仲間へと変えさせました笑
今までに思い出に残ってるライブは沢山ありますが、一番辛かったのはルミネで行われた「青田買いライブ」です。
確か夜中にライブが始まり、朝の始発前4時ごろに終演というライブだったと記憶してます。
100組出てきますので、起きていましたがほぼ記憶にありません。
覚えてるのは限界になった時に出てきた中邑真輔さんのモノマネ芸人中邑珍輔さん。
朦朧となった瞬間爆音で流れる入場曲、ステージから降りてくる中邑さん、、
ひとつもこんな思い出はないのに走馬灯かと思いました。もはや怖かった。
今も覚えているので、たぶん死ぬ時にも思い出すなとおもいます。もっと甘酸っぱい青春時代を思い出したいけど、、
その後に出てきたランパンプスの寺内さんが放った「これってほぼ監禁ですよね」がこのライブで一番ウケてた可能性すらあるレベルで皆んなお疲れでした。
でも今となっちゃ良い思い出です笑
20代後半の今の私は、しゃべくり漫才がとにかく好きです。あと伯山さんの講談!
好きは長く続いてると良いなと思います。
なので、未来の私よろしく!!
また書きます。
東京で行われた会社の新年会の帰宅中から愛を込めて
玲