昨日母親と些細なことで喧嘩をしました。
私としては何でこんなことで怒られないといけないのかと憤慨し、会話するだけ無駄と思ってしばらく口をききませんでした。
すると、母親が折れて「お母さんたちも大変なんだよ」と昨日親戚が来た時の話をしました。
昨日家に訪れた親戚は「なぜ自殺することが分からなかったんだ。何もしてこなかったのか」と私の両親を責めたそうです。
まぁそりゃ外の人から見たらそうでしょうね。
でも、両親はできるだけ祖母の望む病院に連れて行ったりしてたし、できることがあったらやるからねと祖母に楽になってもらいたくて色々提案もしていました。
祖母は自殺の直前ご飯を「おいしいおいしい」と言ってお代わりしているくらいだったそうです。
そして、心療内科の予約も父ができるだけ早く予約が取れる病院を数件探しました。祖母に「予約は○日でいいか?」と尋ねると「いいよ」と返答があったそうです。
ご飯も食べられて、心療内科にも行く気があって・・・それで直後に自殺するなんて察することができますでしょうか。
内情も知らないで簡単に言ってくれるなその親戚は・・・と思いました。
しかしこれが現実ですね。自殺した家は特別な目で見られることは世間では普通なことです。
他の親戚も口には出さなくとも家を特別な目で見ていることでしょう。
「ろくに世話もしなかったんだな」とか「自殺するような家の者はきちがい」なんて思われているかもしれません。
精神看護について少ししかかじっていない私ですが、祖母の場合軽いうつ病ではあったのかもしれませんが、普段の言動、様子から見て自殺を企図するまでには至ってなかったと思います。毎日つけていた日記を見ても死にたいなどということは書いてありません。
自殺する日の朝に起こした過呼吸が祖母にとってよほど苦しいものだったのでしょう。うつ傾向、過呼吸のトラウマが重なり急な自殺に至ったのだと思います。
自殺する人は自殺の前に何らかのシグナルを発していると言います。
しかし、祖母の場合はそのシグナルを発する過程をすっ飛ばしてふと急に自殺を思いついたのだと思います。
だから私は親戚の非難には理不尽さを覚えました。
確かにもっと熱心に祖母の訴えを聴いて、もっと早く精神科なり心療内科なり連れて行っていたら確かに結末は違っていたかもしれません。それは否定しません。看護を勉強していた私がもっと早くに気付いてあげるべきでした。
でも、両親は両親なりに祖母のことを考えて色々頑張っていました。
それを平気で非難する親戚には憤りを感じます。
しかし、これをきっかけに思いました。
祖母の自殺は親戚の一部にしか伝えられていません。しかし結局は周りに広がるでしょう。
つまり祖母の自殺を知っている人たちがいる限り、今後も私たちの一家は特別な視線を浴びていくのであろうと・・・
私はこの日、正直ちょっとだけ一人で逝ってしまった祖母を恨みました。