馬の世界は哀しいかな
『いくら稼げるのか
』で、評価が決まってしまいます。
しかし、「勝つ回数が多い」というのも評価の1つでして・・・
1991年に来日し、94年に産駒がデビューした偉大なる総帥サンデーサイレンスさま。
94年に【サンデーサイレンス党】を結党
翌95年にはすでに”芝での第1党”(衆議院)を宣言

東京に支持基盤のあるトニービン党や、なにかと毎年のように対立構図のあるブライアンズタイム党、日本伝統のメジロ経団連でさえも
以降07年まで”与党”であり続けたサンデー党には全く太刀打ちできなかったである。
フジキセキ派・スペシャルウイーク派・ステイゴールド派・ネオユニヴァース派など
02年の総帥死後はどこかと同じような派閥争いを繰り広げており
サンデー党総裁に選ばれたのは
一時は総裁候補にもあがったスペシャルウイークではなく
サンデー党総裁に登りついたのはアグネスタキオンだった。
無事ならば3冠馬だったのでは?といわれる方の1人ではある、産駒デビュー当時は『1勝はするけど、2勝目がなかなか・・・』と言われたものだ。
が、09年現時点ではマンハッタンカフェに総裁の座を明け渡している。
後ろにはフジキセキやダンスインザダークが狙っている。
しかし、そんな最強のサンデー党であっても勝てない相手がいた。
ダート(参議院)
参議院は勢力争いが激しく
実は94年の結党以来、”サンデーサイレンス総帥としてのサンデー党”であっても参議院で一度も第1党の座に就いたことがない。
90年代は今ほどダート界が整備されていないのだが、サンデーサイレンスさまはダートの世界の方である。
対するは
ブライアンズタイム党・ジェイドロバリー党・フォーティナイナー党にフレンチデピュティ党
僅差の年もあったが、完敗の年も多かった。
実は一度、チャンスはあったのだ。
04年に”たった2票差(2勝差)”で、アフリート党に負けた。
これが今まででにサンデー党が参議院第1党に一番近づいた瞬間であった。
ゴールドアリュール議員やリミットレスビッド議員などの活動により
参議院での発言力が増した時期もあったのだが
翌08年にクロフネ党という新勢力が出来て以来、サンデー党としての参議院議席は減る傾向にある。
しかし2世議員のサンデー党議員には衆議院はもちろん、参議院でも十分に力を出せる能力が伝わっているらしく・・・
参議院での第1党を宣言する日も近いのかも知れない。