続いていた物語―の終了
唐突なことのように思えるかもしれません、が。
この物語は、まぁ、フィクションノンフィクションは置いておいて、
俺――結城宝、にとって、
“過去”の話です。
そして、俺にとって未だ、
“現在”の話でもありました。
俺は今このブログで、過去にあった俺とクララのことを書いています。
そして今まで、まだ俺とクララの物語は続いていました。
『今まで』。
俺はこれから、
クララに関する記憶をじわじわと蝕まれ、やがて失うことになるだろう。
その前に。
ただ一言。
俺が最後の最後まで言えなかった言いたかったことを。
俺がこれを書き綴り終えた頃には薄れて―――
いや、失っているかも、しれない言葉を。
この物語が、俺とクララしか知りえない真実が語り終えられたその時の俺が、
もしかすると忘れているかもしれない“大切なこと”を。
その時の俺に。
そして、もう、きっと二度と会えない女性に、
捧げよう。
俺はクララが大好きでした。
俺はこれからもずっと、
クララを愛していく。
本編に入りましょう。
* * * * * *
さて。
俺は棚の置くから発掘した、ガラス張りのショーケースの中に植木鉢をそっと置いた。
不可視のものから守りきれる自信は、正直――皆無、だった。
それでも。
俺は覚悟を決めた。
そして平和な時が流れた。
幾月か経った。もう季節は秋の終わりごろに入り、寒気が日本列島を襲う。
「せんせ~、寒いよ~! どうにかしてよー!」
相変わらず進歩のないクラスのやつらが絡みついてくる。
「その前にまずその丈の短いスカートどうにかしろ。それだけで大分マシになるぞ」
「んもう、せんせ~は超能力があるでしょ!?
バーンって寒気吹っ飛ばす力。バーンて」
バーンを、二回も強調しやがった。
しかも語尾を強めて。
「ないっ。断じてないっ。つーか、お前らいい加減成長しろっ!!
もうちょいで受験生突入だぞ?」
「いいもん、あたしらのガッコはエスカレーター式だもん」
「いや、お前の成績なら推薦枠から振り落とされかねないぞ」
「酷いっせんせ~のバカ!!」
一方的にキレて女子高生は走り去った。
何なんだよ…もう……
この学校は、確かにエスカレーター式。
今までは中等部から高等部、大学又は短大へと、並みの成績さえあれば進級出来るようになっていた。
が、小学校が出来てから、小学校から中等部へと上がる推薦枠が設けられ、外部からの進学の難易度が高くなったと言われている。
「そうだ。せんせ~?」
誰か駆け寄ってきた。
違うクラスの生徒さん。
――微妙に可愛い、が。…栗原には負けるな。
やっぱり何ヶ月も経っても、頭から栗原が離れない。
バンッと国語科の扉が開かれればそこに栗原の姿がないかって――
添削用に集めた自由課題の中に栗原の文字がないかって――
思わず探してしまう俺が、まだそこにいた。
「何だ?
………えーと…楠、だったか?」
「うんっ! 覚えててくれたんだ、せんせ~。
中等部一年以来だから、四年ぶりかな?」
「そうか。大分、成長したな」
大人びた声に落ち着いた態度。ついでに柔らかな物腰。
「…俺のクラスの奴らってマジどうなってんのかな」
成長過程が多分五歳ぐらいでストップしてるんだろう。
…と思わず、独り言をつぶやいてしまい。
「え?」
楠に怪訝な顔をされた。
「いや、何でもない。それよりどうしたんだ?」
「あ…あのね、せんせ~。
せんせ~のクラスのミスダン候補って……誰、なの?」
ちらちらと俺の様子を伺うように、彼女はゆっくり問うてきた。
――ミスダン。
ミスコンみたいなもんだ。ミスダンシングの略称。
大変バカらいしことに、うちの学校の文化祭では、これが伝統とも言える長い歴史を誇っている。
全学年全クラスから各一人ずつ、ダンスに適した生徒を一人、推薦で選出。
文化祭当日に、みんながステージで踊る。
しかも何とも本格的なことに、毎年れっきとした『歌手』が、
こんな下らない行事のためにやってきて、ステージで歌う。
選出された『ミスダン候補』の仕事は、バックダンサー。みんなオリジナルのダンスを踊る。
もちろん彼女達は、あらかじめ来る歌手と歌を教えられ、各自でそれを聴き、似合うダンスを創作する。そしてステージで、本物の歌手の歌に合わせ披露する。
そして、どのダンスが一番目立っていたか――
どの女性が一番綺麗に踊れていたか――
どの衣装が一番雅やかか――
どのクラスが一番応援を激しくしていたか――
など、たくさんの要素で審判が判定を下す。
審判はもちろん、ひいきをしないように工夫はされてあるという。何とも手の込んだ行事だ。
「前は栗原が選抜確実だったんだがな―――っと、
悪い、うちのクラスのやつらに口止めされてる」
何と、このミスダンで優勝することは名誉なことらしく、
優勝するためには手段を選ばない奴が毎年後を絶たないという。
違うクラスのやつにミスダン候補を教えたら最後、そのミスダンは徹底的に調べ上げられ、
さらに家での秘密練習を盗撮、盗作されたりやら、
隠しておいたダンスの予定表をコピーされたり盗まれたりと、
毎年ひどい事態が勃発するため、俺はクラスの生徒達に言われていた。
―「せんせ~っ、絶対、絶対絶対うちのクラスのミスダン候補喋っちゃ駄目だよ!?
せんせ~口軽いから、すぐ言っちゃいそうで怖いけどっ!
この際だから信用してあげるからっ!」
何だか上から物を言う態度だよ、なぁ……。
言っちゃおうかな…♪((意地悪
その時、違う言葉が蘇った。
―「あ―、せんせ~? 喋ったらどうなるか…判る?」
剣道・柔道、共にプロ並みの能力を持つ、俺のクラスの生徒。
風上綾音。
すごい迫力と、どすをきかせた低い声で、圧倒的な威圧をかけられてたんだった。
俺は、あのすさまじい殺気に触れた途端喋る気が失せたのを完璧に思い出した。
「あー、悪いが、無理だ。いくら俺でも命が惜しい」
本音だ。
「あ…風上さん?」
楠がしたり顔でうなずく。
彼女は体育祭の際、毎年大活躍をとげそのクラスを優勝へ導くのだ。多分二年だけじゃなく、他の学年の奴でも知っている生徒がいるだろう。
つまり、それほど怖いってこと。
本気になれば俺の命一つ簡単に狩れちゃうってこと。(笑)
……。
…………。
…うわぁ、笑えねぇ(汗)
その時、楠がヤバい、といった顔をした。
彼女の視線は、俺の肩越しのその向こう――俺の背後に釘付け。
振り返ると、
――風上綾音。
「きゃっ、…せんせ~ありがとう!!」
俺は何もしてないのにありがとう――この場において、絶対誤解されるような捨て台詞を残し、
楠は走り去る。
俺と風上の間に流れる、微妙な空気。
彼女は背が低い。なのにマジいらないぐらい迫力がある。
風上の場合、上目遣いは睨んでる以外の何物でもないように見えてきて怖い。
俺はきょろきょろと辺りを見回し、少しかがんでそっと耳打ちした。
「――大丈夫。お前のことも何も言ってないから」
ずざぁっ!!!
彼女が凄い勢いで後ずさった。両手で激しく耳をかばっている――俺が耳打ちした方の耳。
顔どころか、耳まで真っ赤に染まっている。
――お? もしかして、耳弱い?(笑)
思わず口元だけ笑ってしまうと、どうやら俺の思うところを察したらしい、風上はさらに顔を赤くして耳を押さえる。
風上の意外な弱点はっけ~ん♪ テレレレッテレーン♪♪
…壊れた。色々。俺。
とりあえず原因は風上の睨みをきかせた凄みのせいだって、
そう思うことにして。
今年の、俺の担任するクラスのミスダン。
実は、風上なのだ。
彼女はその強い意志(というより、存在自体が強い)と見かけによらず、綺麗ででも迫力のあるダンスを踊る。
だから、誰も彼女のミスダン候補入りに反対したりはしなかったが。
実は水面下の動きで妙な噂が立っているのを、俺は知っていた。
元々、ミスダン候補確実と言われていたのは、栗原だった。
優雅で見ていて楽しく和む、そんなダンスを踊る栗原。
比べ、風上はとにかくアクロバティックで激しいダンスを好む習性がある。
自然とクラスの票は栗原に集まるだろう――無言で、誰もが承知していた。
もちろん、風上も。
だから、栗原の転校は風上にとって好都合だった。最強のライバルが消えたってことになるからだ。
いかがわしいことに、さっきも提示したがミスダン優勝は名誉。
風上だって、その称号を欲する一人。
すると自然に、今度は暗黙に――無言で、噂が流れ出す。
―風上さんが、栗原さんをイジめて退学させた。
―ライバルを消すため。
―ミスダンで優勝するため。
風上は、あまり人と関わらない、というか見たところ、人と関わることが苦手のようだ。
感情の出し方が判らない。典型的な引っ込み思案、というやつ。
だから誤解されやすい。
俺は知ってる。彼女が、自身の名誉のためにそんなことをするやつじゃないって。
でも、水面下の動きだから、きっと彼女は知らない。
水面下で動き回る奴らだって――最強の腕前を持つ風上にだけは知られないよう、細心の注意を払ってるはず、だ。
波紋は広がらない。
風上は知れない。
そして誤解を解く方法はない。
文化祭までに――
ミスダンまでに――――
この誤解を、解かなくては。
ミスダン候補を全員が一致団結して応援しなければ、絶対優勝は不可能だ。
俺は今までの経験で、身をもって知っている。
この分裂を補修しなければ、二年C組の優勝はない。
