4月25日 パンダ愛のお話しなど
そうやねん、ウチの自治体は「大きな湖が真ん中にあるのに、みんなどこに住んでんの?」と言われる。湖しかない自治体て、わしは琵琶湖の鮒か?!
愛は大事である。たっぷり愛情を受けた人でなければ、他へも愛情を注げないのかもしれない。広島のメカニックの方に、
・驚愕のフィアットパンダ
・ただものではないフィアットパンダ
・パンダ愛溢れる素敵なオーナー
などのお褒めの言葉を頂戴した。頂戴したけれど、のっちパンダの紹介は次号だった( ; ; )
いちおうフィードフォワード/フィードバック制御の何たるか?くらいなら、簡単な例でわかりやすく説明が出来るくらいの理系人間だけど、一方で、日本語を読むのも書くのも大好きで英語も好き。そんな自分が、車に対する"愛"を考えるきっかけを、広島のメカニックの方は与えてくれた。
そうはいうものの、愛だけでは46万7千kmなんて走れないぜ。特にフィアットパンダの場合思うのは、出先で動かなくなった時にも笑顔でいられるボケ具合とか、クラッチのダイアフラムが割れてクラッチペダルが戻らなくなり、ペダルを爪先で戻してみる天然具合とかもとても有効かもしれない。一方で、ボディーの剥げや錆にはとても神経質になった。結局は、見た目が朽ちていく感じに耐えられなかったんだよなぁ。というのは言い訳に過ぎず、実はパンダクロスがとても欲しかっただけである。
結局のところ、運転することがお仕事にならないかなぁ?というくらい運転が好きなこと、また、駐車場で車を離れる時に振り返って自分の車を見てしまうことなど、そんなとても単純なことだと思うなぁ。理系人間だけど、自分が好きになる車なんて理屈じゃないねんなぁ。
"愛"かぁ。"愛"なぁ。確かに夜寝てて、特に何をするわけでもなく起きてパンダやエリーゼのところに行って座席に座ったり、またピアノでも、真夜中に起きて弾けない箇所を練習しに行ったり、深夜に好きな人のところへ行くために高速を走ったり、ということは何度もある。
結局"そういうところ"なんだろうなぁ。