ブログを始める3つの理由
理由①
情報を共有する事の大切さをつくづく実感するから。
情報社会と言われる現代では様々な情報が飛び交っています。正しい情報も間違った情報も。
しかし、積極的に自分の情報を「不特定多数」の他者と共有しようとするユーザーはまだまだ少ないと感じます。
私は最近「車輪の再発明」という言葉を知ったのをきっかけに、今まで自分が考えていたある大きな間違いに気づきました。それは、有益な情報(自分、あるいいはごく少数の人間しか知らないが一定の他者にも有益になる情報)を自分の中だけで留めて置こうとしていた事です。有益な情報を他者と共有するとその情報の価値が落ち、結果としてその情報から得られる利益を充分に自分が享受出来なくなると考えていたからです。だからあえて自分から情報を発信しようと思いませんでした。
しかし、それは大きな間違いでした。情報を共有し、他者がそれにより利益を享受出来れば、他者がそれに付加価値を加えてまた共有する事で社会全体の利益の底上げになり自分に利益が帰ってくると考えたからです。
人類の生活レベルが時代と共に向上しているのは常に過去の人間の発明に付加価値を加え続けているからです。
そして現代ではインターネットの普及により個人が自由に情報を発信できる時代になりました。
情報を共有する事により社会全体で付加価値を加え続けていく世の中が望ましいと思います。
理由②
頭で考えている事を言葉にするのって凄く難しいと思います。私は昔から人に自分の気持ちを説明する時に、自分では分かっているのに言葉として物理的に発声しようとするとどう説明したらいいのかよく分からず悩んでいます。誤解を招かない為に先に言っておくと、自分の「気持ち」(嬉しい、悲しい、好き、嫌い等の感情)を相手に伝えるのが苦手です。
何か具体的な物(例えばパソコンの使い方など)を説明するときは、丁寧に相手の立場に立って分かりやすく説明する事ができるのです。
しかし、感情や思考、考えている事を相手に伝えるのが極端に苦手です。
一年以上前の話ですが、就活の帰りにふらっと立ち寄った書店で立ち読みをしていた時、人間は思考を言葉ではなく感覚(フィーリング)や想像で行なっていて言葉を使って考えているつもりでも勝手に脳が補正をしているという旨の本を目にしました。私はこの時、「ああなるほど確かにそうかもしれない」と強く思ったのを覚えています。
それから一年以上が経ち、最近になって何がきっかけかは忘れましたが、その言葉をふと思い出しました。
文書として書き起こす事で自分の頭(思考)の整理に繋がり、他者とのコミュニケーションにおいて役立つだろうと思いました。
理由③
人間は忘れ、記憶を上書きする生物である。
この言葉も最近とある書店で目にした言葉です。(本のタイトルは科学雑誌「Newton」)
この言葉を目にしたからというよりは、前々から自分の中でも認識していた事をこの雑誌により再認識させられたという感じです。
私は忘れる事が悪い事だとは思っていません。それは時にポジティブな効果をもたらします。不快に感じた出来事を忘れる事でストレスを軽減し、次の一歩に動き出す原動力を作り出す事が出来ます。これはAIやロボットには出来ない人間だけの能力だと思います。
しかし、時に人間は過去の出来事を自分の都合の良い方向に解釈し、それを続けていると過去に感じた新鮮な記憶がだんだん歪められて偽の情報として上書きされていくようです(抽象的な説明ですみません。上記の雑誌にもそう書いてありました)。
その為、リマインダーのような形で自分が今なにを考えているのかを記録したいのです。
以上がブログを始める3つの理由ですが、日記ではなく何故ブログなのかというと、他者と共有する事で他者に私という視点から感じた情報を受け取ってもらい、何らかの形で有益に使って欲しいという願いと、それに対するリプライを私が受け取る事で私自身の成長に繋げたいと思うからです。
そしてブログは匿名で発信でき、かつリアルな対人での会話とは違い、相手の反応をリアルタイムに気にする事なくゆっくり考えて丁寧に長く自分語りをする事が出来ます。これは媒介を通す事でしか得られないメリットだと思いました。
またブログの更新については、完全に私の気まぐれで行います。三日坊主になるかもしれないし、数ヶ月おきの更新になるかもしれません。
私が何かを書き留めておきたい、又は共有したいと思った時にだけ更新します。