問題の根本 | 楽々主義

楽々主義

徒然なる日々

結局大事なとこはどこなのかっていう話。

都議会が騒がれていますね。
差別的ヤジ
が、取り立たされている。

表面的になぞると、
『常識のナイ大人が、差別的な発言をした。』
と、とても個人的な問題として、
捉えられる。

しかし、
事の本質をよく吟味した場合、
『このような発言が、日常的に行われる議会の非常識な体質』
こそが、危機的状況なわけで。

それこそ、
ヤジを飛ばした本人の言にもあるように、
『ヤジそのものはあって当然』
が、罷り通る現状がまず有り得ないこと。

また、責任の所在及び取り方も、
実に政治家らしい、
或いは政治界特有の、
抽象的で曖昧なものだ。

民間なら、こうはいかない。

例えば、同じく公務員という肩書きの、
教職員だとしても、
これは訴えがあれば服務事故になる。
下手をすれば懲戒免職だ。

しかし、
これが政治家になると、
何故か当人の意思に全てが任される。

公職ならば、
その采配は、
然るべき機関がくだすべきだろう。

確かに選挙という方法はあるものの、
それは直ちに行われるわけではない。
定められた期間までは、
資格を有するか否か、是非を問われない。

これは大きな問題だ。

ぬるま湯に足からどっぷり、
公務員という肩書きを、
巧みに、或いは悪質的に利用した犯罪行為だ。

モラルなき大人が、
国や都の行く末を担う。
このような社会において、
愛国心など抱けるはずもなく、
まして、
そんな大人を見て育つ、
これからの未来を担う子どもたちが、
イジメや差別、侮蔑や嘲笑を、
悪しきものとして認識できるはずもない。

大人にこそ、
教育が必要だと、
そう言わざるを得ない。