京都造形芸術大学の大阪サテライトキャンパスが梅田の富国生命ビル内にあって、そこでは藝術学舎という芸術関連の一般公開講座が開講されてます。
そこで5回完結の「続・日本の怪談」という講座の初回を受講してきました。
怪談とかすごい怖がりの私が何故この講座を受講しようと思ったのか自分でも謎なんですが内容が面白そうだったので申込ました。
日本の怪談て四谷怪談とかお菊さんとか耳なし芳一とかほんま怖いこと尋常じゃないもの揃いですが、怪談に対しての私のイメージが少し変わったきっかけが去年訪れた島根県の松江で参加した怪談ミステリーツアーでした。
松江の怪談スポットを語り部と共に懐中電灯の光を頼りに訪れるというもの。
夜暗くなった神社やお寺は不気味で言い伝え通りの怪談が本当に起こったんやろなあ、、と感じざるを得ない上に演出もあったりして皆キャーキャー言って楽しんでました(楽しいんかい!?)
でも最後に訪れたお寺では頼りの懐中電灯も消して真っ暗な中で怪談を聞き、そして怪談は単に怖いだけのものではなく教訓が含まれているんですよ、と語り部さんが教えてくれたのが印象に残ったんです。
怪談は単なるホラーではないと。
で、今日の怪談講座でも先生が同様の事をおっしゃっていました。近代の怪談はマスメディアの発達と共にどうしてもオカルト的なものとイコールで考えられがちであると。
怪談とはそんな派手に幽霊がでまくって呪い殺すみたいなものばかりではなく、
ん?なんかおかしいなあ?不思議やなあ?
という現象も怪談らしいです。
話芸という観点からも怪談をとりあげてたのも面白かったです。
日本は昔から話芸にかけては世界に類を見ないほど優れているらしいです。
座布団に正座していろんな登場人物を1人で演じきる落語は特にでしょう。
日本語の特質も話芸には適していて、擬音語や擬態語の豊富さが話に艶を出す効果があるらしいです。
雪がしんしん降る、の「しんしん」とか、ヒタヒタという足音が聞こえ、の「ヒタヒタ」とか。
小泉八雲が日本の怪談を英訳する際にはこの擬音語、擬態語の訳に困ったそうです。
話芸としての怪談の概要をいろんな例を出しながら先生は説明して下さいました。
天満天神繁昌亭にまつわる面白いお話も聞けてよかったです。
これからあと4回、怪談にまつわる講座でどんなお話が聞けるか楽しみです。
でも、やはり家に帰ってくると微妙に怖い話の部分だけ思いだしたりして怖いんですけどどないしたらいいんでしょう(知らんがな)
それと連動してブラッディーマリーも思い出してしまうという。。
ほんと暑い夏にピッタリの1人納涼でございます。。
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