日展と文学と言い訳 | マハロでコネちゃんのブログ

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なんでもかんでも自由自在

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大阪市立美術館で催されている日展に行ってきました。

日展、、ただただ「うまいな~」の一言。うまい人しか入選しないのかな?と当たり前のことを思うほど、正統派の上手さ。

日頃、岡村太郎とか崇拝し過ぎて逆にこういう正統派の絵から何も感じなくなってる自分がおかしいのか。

上手い!以上に訴えてくるものがないんよね。

あと、なんか理事の人の肩書とか見たらそれも「なんだかなあ、、」と思う。

展示する名前に肩書はいらないんじゃない??

とか、なんとか、、今回の日展は上手くて忠実過ぎて抜け目なくて残念でした。

アートて、「何これ??」的なもの期待しちゃいますから、私の場合。

何これ?要素がたくさんあるのは実は日展ではなく天王寺公園だったのがこれまた面白い。

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今時、公共の場で「便所」はないでしょ。

せめて「お手洗い」とか「トイレ」とか。。便所て、、(^▽^;)

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なんだかなあ、、シリーズ炸裂ですよ天王寺公園内は。

天王寺公園こそがアートです。

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年季の入った念入りな感じの不思議なレストランもあります。

さすが!!

日展、、というか天王寺公園楽しんだ後は友達と夕飯。

この友達とはアート関連でよく話があう。この日の話題は文学で盛り上がる。

彼女がイギリスの大学でドラマ演出を勉強してた時に、卒論で三島由紀夫について書いたらしい。

三島由紀夫論をたっぷり聞かせてもらい面白かった。

私は一時期、谷崎潤一郎にはまっていたことを思いだし谷潤の話でも盛り上がる。

昔の文学てある程度の覚悟がないと読めないよなて話になる。

今の小説は軽く読めるものが多いし、後にもそんなに残らないけど、昔の小説は太宰治にしても三島由紀夫にしても読後感が半端なくて結構感情的にひきずるよな~と。

大学の時に太宰治にはまった時は太宰の小説にインスパイアされて詩を書いた位やから(若いね~)。

谷潤に関しては東京人やのに完璧に関西弁を操り情景豊かに小説を書いたのが惚れどころでした。

谷潤の記念館とか行ってもーた位にはまったなあ。

でも、今読んでる小説は猫弁!!

猫をたくさん飼ってる見かけパッとしない弁護士の話。

面白いわ~!!お気楽に読めて後に引かない。

今と昔では小説に対する読み方、捉え方も変わってきたなあ。

昔はほんま小説に影響されまくって詩を書いたり実際に短編小説書いたりしてた位やのに。

今じゃ、その気力がない。。悲しいことです。アイデアとインスピレーションの枯渇でしょうか。。今は創り出そうとせず、あるものをただ見たり読んだり批評するだけで終わり。

なんだか残念だね~なんて話をその友達としていました。


そんなアートな友達が今はまってるのが落語。今度、繁盛亭に落語見にいきましょう!という話に。

落語、これも昔よく聞いてたなあ。i podとかで1時間近い落語とか寝る前に聞いてた。

今じゃ、寝る前なんかに落語聞いたらすぐに深い眠りに誘われてしまうかも。

集中力の欠如。。

むにゃ~、、なんか全部言い訳やなあ。年齢を言い訳に使ったらあかん。

若いから出来たとか、年をとったからもうできないとか。

若いから未熟だとか、年をとったからなんでも知ってるとか。

関係ないわ、年齢なんて。

要は1人1人の人間の在り方次第。

年齢を言い訳に使うなかれ。

時代を言い訳に使うなかれ。

なんかそんなことをふと思わせてくれた夜でした。





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