昔から岡本太郎が好きなんだけども最近また自分の中の何かが岡本太郎を求めているから彼関連の本を読んでます。
岡本太郎の仕事論という本。
岡本太郎のパートナーであった岡本敏子さんの甥の平野さんが執筆されてます。
岡本太郎という人はいろんな意味で私に刺激と興奮とやる気を与えてくれます。
彼が生きていた頃も同様にいろんな人達が彼から刺激を受けていたんでしょう。
受ける人によってはいい刺激であったり、または悪い刺激にもなりえたかもしれません。
彼の考え方や作品は決して万人受けするものではないと思います。
まあ、私にとっては受けすぎるくらいドストライクなとこを突いてきはるんですけど。
敢えて心地よい作品は作らない、理解される作品なんて芸術じゃない、という視点でもって自分を表現してきた人。
人に認められないのん上等やん!のスタンス取って生きていくのって相当な覚悟が必要やと思います。
だって普通ならやっぱり人に認められたいと思うし好かれたいと願うし心地よくありたいと切望するもん。
人に認められない、あえて危険な道をとる覚悟とそれに伴う孤独。
ゴッホだって認められなさ過ぎて絶望して孤独のうちに自殺しちゃうんやから。
それなのにそのネガティブをパワーに変えて突き進む力強さ!!
そして言うだけでなくきちんと実行に移して形ある物として後世に残してしまうんやからね。
その中の最たる物が太陽の塔。
あれは当時の人類と技術の進歩をテーマにした万博にNo!を突きつけるために制作した、とこの本には書かれています。
万博のテーマに「No!」って思いっきり反対してる人が万博であんなにでっかいシンボル塔を建てた意味は?
当時は万博に反対する反博という運動もあったらしいですが、外側から口だけでやいのやいの意見を言ってるだけでアクションを起こす人がいなかった中、岡本太郎は堂々と万博の中に乗り込み万博のテーマを覆すメッセージを込めた太陽の塔を形として作り示したんですね。
それが今だにあの太陽の塔だけが万博記念公園にそびえたってる。
あの時からあの場所で私達に何かしらのメッセージを送り続けてるんですね。
No!の象徴がね。
今なんかNo!というよりも皆の憩いの場と化してしまってるんやから時代の流れって面白い。
私みたいな岡本太郎LOVEな人達が賛美し過ぎて、数十年後には太陽の塔はパワースポットになってるかもね。
周りに神社とかできてたりして。
なんかこんなとりとめもない事を本を読みながらいろいろと思わせてくれる。
芸術は常に新しくあるべきで、そしてその芸術の根源となるのは普通に日常生活を送っている私達なんやと。
日常の瞬間瞬間に目を凝らし、耳を澄ませ、風を感じとる。
そうすると誰もが芸術家になれるんやろね。
日常生活にあまりにも忙殺されてしまってる私達はスペシャルな物や事はなんかすごい遠いとこにあるような勘違いをしてしまってるんかな。
今この瞬間、ここに、自分がいるこの空間に新しいことたくさん見つけれたらいい。
これからの人生どれだけたくさんの芸術を日常生活で見つけることができるかな。
そして私はこれからの人生あと何回岡本太郎記念館と美術館に足を運べば気がすむのだろうか。
いつも岡本太郎記念館に気をとられて一度も行けた試しのない根津美術館に行くことができるのだろうか。
岡本太郎がカラスを飼ってた時にカラスのお散歩でよく行ってたという根津美術館にも行ってみたいもんだ。
さ、本の続き読もーって、、もうこんな時間やん!?
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