お別れ | LOVE&PEACE 2

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☆信じられるのが私の希望 part2☆

いつも見てくれてありがとう(▰˘◡˘▰)



先日、大好きな祖父が亡くなりました。

97歳の大往生でした。

ずっと入院していたので、心の準備はできてましたが、めったに鳴らない家の電話で母からそれを告げられた時は、ドキドキが止まらなかった。

コタツでダラダラしていた自分の頭は、一瞬で真っ白に…。

今年は年末年始にも帰省できず、お見舞いにも行けていなかったから不安だったんです。

若くして母が離婚してから、おじいちゃんおばあちゃんには誰よりも世話になった私。

全孫の中で私が年長ということもあり、孫代表の弔辞を叔父達に依頼されました。

そして、子供達の全てを旦那が引き受けてくれたので、私は仕事を休ませてもらい、一人田舎へ。 

子供ができてから17年間で初めての、一人帰省でした。


初めての弔辞という大役に、何をどう話せばいいのか…
高速道路を運転しながら動悸が…>_<…


でもそのうち、忘れていた祖父の思い出が次から次と溢れて、涙が止まらなくなりました(;_;)


そして、自分にしか話せない弔辞があるのだという使命感が生まれ、告別式まで二日かけてどうにか纏めました。


決して立派なことは言えなかったけれど、祖父の孫として大役を仰せつかったお蔭で、たくさんの思い出が蘇り、祖父への感謝を悔いなく伝えることができて本当に良かったです。









最後に、祖父の自慢をさせてください。


田舎で農業をしていた祖父は、母を含む子供達が全員出て行ってから、30年以上祖母と二人きりで家を守ってきました。


私が結婚して東京に行くと伝えに行った時には
「どんどん都会に出て行かなきゃダメだ」
と言ってくれました。 


数年前に祖母が痴呆になってからは、祖父の固い意思で、たった一人で最後まで面倒をみました。


口には出さないけれど、情け深く優しく
自分には誰よりも厳しかった祖父。


会いに行った時、キッチンの壁に
「自分が我慢すればいい」
と、達筆で書かれた紙が貼ってあった事を思い出し胸が痛みます。


…将来、私にそれができる?


私の中に祖父の血が流れているなら、頑張れるのかな…。


どうかダメな私を天国から叱咤激励してねおじいちゃん( ´ - ` )






身内の不幸をブログにするのも気が引けたけど、大切な記録として書きました。


最後まで読んで下さった方、ありがとうございます((ノェ`*)









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