以下思考
経営。会社を経営する、社長、代表取締役になる。
方法としては、譲位、もしくは起業。
譲り受けるにしてもそれなりの年月、実力、信頼が必要。
起業すれは即社長。しかし成功するには実力が必要。
(俺としては、就職→起業)
成功するにはいろんなものが必要。
まずそこで思い至ったのが、
社長も社員もみんな個人である。ということ。
気分があり感情があり性格があり人格である個人であるということ。
人の上に立つ、ということは人を使う、ということではない。いや、賃金が発生する以上は、命令する権利を買っている。=時間と意志と行動を支配する対価として賃金を払っているということか。
話変わるけど、
金になるのは、1番、運。2番、才能。3番、時間。あと、手堅く稼げるのは逆順。
運は宝くじ、賭博とか。支配し難いがデカく当たる。
才能は運動能力、美的表現力、つまりスポーツ選手や画家や歌手。まあその才能を持って生まれたのは運がいいということだし、また努力を重ねたというのは時間を費やしたことにもなる。つまり中間。
時間は内職とかバイト。即金変換できる。
また才能をつける、磨くためにも費やすことができるが、それを後々金にするには、努力する才能が必要なんだけれど。
閑話休題。
人を操る。社長として社員を使う。それに必要なのはなにも経営の知識だけじゃない。経営学を学んだら成功できるわけじゃない。まあ経営学がどの程度の教育範囲をカバーするのかはわからないが、少なくとも人の心を理解する能力、人と気持ちのいい会話をできる能力、人を惹きつける才能、人から信頼される能力、法についての知識、計算論理能力、国際的にコミュニケーションをとれる能力、時間をうまく作れる能力、社会の未来を予見し把握する能力が必要ではないだろうか。
ちなみに、能力は勉強すれば身につく。才能は先天的なものなので身につけにくい。
人心把握能力は個人の心理を、集団の心理を理解するだけの能力を。
会話能力は取引や社員から信頼されるような能力を。
人を惹きつける才能、その人柄は、やはり一挙手一投足、話術、外見が問題になってくる。そこに異論は挟ませない。
信頼される能力は、人を裏切らない、約束を反故にしない、とか、積み重ねであると同時に、有言実行、無理だろうと思われるような依頼を見事に期待以上の力でこなす、実力と駆け引きでもある。
法律への知識は、もちろん企業である以上、違法であるわけにはいかないし、潔白である必要がある。
計算論理は金額を扱う以上、数字であり、それを扱わなければならない。
時間有効活用能力は、言うに及ばず、時間は大切。
国際コミュニケーション能力は、このボーダーレス社会で、実用英語だけでなく、相手が背負う国や地域の文化への理解も欲しいところである。
未来想像能力は、大衆的な社会を見つめ、世論や人が欲しているものを把握し、ニーズに応じる必要がある。
だがしかし、独りで全部こなすのは不可能だ。そのために人は協力する。組織する。
心理学があり、経営学があり、会計学があり、法学があり、国際文化学がある。そういった能力を持つのは個人だ。個人を操る、組織するためにはやはり人を惹きつける才能が必要だ。
ああ、それと。
昔の起業家、創業者は遍く創造者だった。工学的機械的、作り上げる才能を持つ、造ることに長けた人間が社長となりえてきた。つまり第二次産業的と言ってもいいだろう。しかし、昨今は第三次産業、サービス業が多く存在する。つまりは、やはり社会をみて人々の求めるものを、謂わばカリスマ的に、生み出してきた、プロデュースしてきた人が社長として生き残れるのだろう。
だみだ、熟考できてない。浅薄だ。思考内容が浅すぎる薄すぎる。幼稚すぎる。
まあいいや、思い描いた、思考の殴り書き、ここら辺にピリオドをうとう。ばばい
経営。会社を経営する、社長、代表取締役になる。
方法としては、譲位、もしくは起業。
譲り受けるにしてもそれなりの年月、実力、信頼が必要。
起業すれは即社長。しかし成功するには実力が必要。
(俺としては、就職→起業)
成功するにはいろんなものが必要。
まずそこで思い至ったのが、
社長も社員もみんな個人である。ということ。
気分があり感情があり性格があり人格である個人であるということ。
人の上に立つ、ということは人を使う、ということではない。いや、賃金が発生する以上は、命令する権利を買っている。=時間と意志と行動を支配する対価として賃金を払っているということか。
話変わるけど、
金になるのは、1番、運。2番、才能。3番、時間。あと、手堅く稼げるのは逆順。
運は宝くじ、賭博とか。支配し難いがデカく当たる。
才能は運動能力、美的表現力、つまりスポーツ選手や画家や歌手。まあその才能を持って生まれたのは運がいいということだし、また努力を重ねたというのは時間を費やしたことにもなる。つまり中間。
時間は内職とかバイト。即金変換できる。
また才能をつける、磨くためにも費やすことができるが、それを後々金にするには、努力する才能が必要なんだけれど。
閑話休題。
人を操る。社長として社員を使う。それに必要なのはなにも経営の知識だけじゃない。経営学を学んだら成功できるわけじゃない。まあ経営学がどの程度の教育範囲をカバーするのかはわからないが、少なくとも人の心を理解する能力、人と気持ちのいい会話をできる能力、人を惹きつける才能、人から信頼される能力、法についての知識、計算論理能力、国際的にコミュニケーションをとれる能力、時間をうまく作れる能力、社会の未来を予見し把握する能力が必要ではないだろうか。
ちなみに、能力は勉強すれば身につく。才能は先天的なものなので身につけにくい。
人心把握能力は個人の心理を、集団の心理を理解するだけの能力を。
会話能力は取引や社員から信頼されるような能力を。
人を惹きつける才能、その人柄は、やはり一挙手一投足、話術、外見が問題になってくる。そこに異論は挟ませない。
信頼される能力は、人を裏切らない、約束を反故にしない、とか、積み重ねであると同時に、有言実行、無理だろうと思われるような依頼を見事に期待以上の力でこなす、実力と駆け引きでもある。
法律への知識は、もちろん企業である以上、違法であるわけにはいかないし、潔白である必要がある。
計算論理は金額を扱う以上、数字であり、それを扱わなければならない。
時間有効活用能力は、言うに及ばず、時間は大切。
国際コミュニケーション能力は、このボーダーレス社会で、実用英語だけでなく、相手が背負う国や地域の文化への理解も欲しいところである。
未来想像能力は、大衆的な社会を見つめ、世論や人が欲しているものを把握し、ニーズに応じる必要がある。
だがしかし、独りで全部こなすのは不可能だ。そのために人は協力する。組織する。
心理学があり、経営学があり、会計学があり、法学があり、国際文化学がある。そういった能力を持つのは個人だ。個人を操る、組織するためにはやはり人を惹きつける才能が必要だ。
ああ、それと。
昔の起業家、創業者は遍く創造者だった。工学的機械的、作り上げる才能を持つ、造ることに長けた人間が社長となりえてきた。つまり第二次産業的と言ってもいいだろう。しかし、昨今は第三次産業、サービス業が多く存在する。つまりは、やはり社会をみて人々の求めるものを、謂わばカリスマ的に、生み出してきた、プロデュースしてきた人が社長として生き残れるのだろう。
だみだ、熟考できてない。浅薄だ。思考内容が浅すぎる薄すぎる。幼稚すぎる。
まあいいや、思い描いた、思考の殴り書き、ここら辺にピリオドをうとう。ばばい








