第4回
【学校では教えてくれない】
産業革命の陰
1850年代ロンドン
労働者たちの現実
19世紀半ば、イギリスは産業革命の真っただ中にありました。
特にロンドンをはじめとする都市部では、
蒸気機関や機械化によって
工場が次々に建設され
かつてないほどの経済発展を遂げていきました。
しかし、その進歩の陰で多くの労働者が過酷な環境の中で暮らしていたことは
あまり語られることがありません。
当時の労働時間は、現代の基準から見れば信じられないほど長く
1日12時間から16時間働くことが一般的でした。しかも週に6日
時には7日働きづめということもありました。
労働環境は非常に劣悪で、工場内は騒音と粉塵に満ち、換気も不十分でした。
事故や病気にかかっても補償はなく
代わりはいくらでもいるという考えのもと
人々は使い捨てのように扱われていたのです。
特に深刻だったのは、児童労働の問題です。
6歳から10歳といった幼い子どもたちが、
機械の下に潜って掃除をしたり
狭い通路を通って資材を運んだりしていました。
身体が小さいという理由で重宝されましたが、
その分、事故やけがのリスクも非常に高く
多くの子どもたちが命を落としたり
障害を負ったりしました。
また、女性たちの労働も過酷でした。
工場では男性と同じように長時間働かされ、
終業後も家事や育児が待っていました。
社会的なサポートや法的保護はほとんどなく、
健康や生活に対する影響は非常に大きかったと言われています。
住環境も厳しいものでした。
都市への人口集中によって
住宅不足が深刻化し、
多くの労働者は狭く不衛生な長屋に家族全員で暮らしていました。
清潔な水やトイレの整備も不十分で、
感染症が頻発し
平均寿命も非常に短かったのです。
このような状況は、19世紀後半になってから
ようやく社会問題として広く認識され、
徐々に労働条件の改善が
進められていきました。
労働時間の制限、児童労働の規制
公衆衛生の向上などが、
法整備や市民運動によって少しずつ実現していったのです。
産業革命は確かに人類の歴史を大きく変える出来事でしたが、
それはすべての人にとって恩恵だったわけではありません。
その裏には、多くの無名の人々の苦しみや犠牲がありました。
現代の私たちが享受している
労働の権利や生活の安全は
過去の過酷な現実と
それに立ち向かった人々の努力の上に
成り立っていることを
忘れてはならないでしょう。



