林檎の周りのあちこちで反響や反論を呼ぶ言葉。
「希望」
「望みを薄めたものが希望」なんてみすぼらしい冗句があって、
それを笑う人も悲しむ人も怒る人もいるみたい。
この冗句は割と有名だよね。
林檎のブログでもつい最近登場したっけ。
でもこれ、何も知らずに言っているとかなり痛々しいね。
というか、もはや恥ずかしいような。
だからその真意は一度お調べになってみて。
そうだね。
じゃあさ。
ここでは、そんなふうに言葉を巧みに使い回す大人たちは知らない、
隠れた御伽話を教えてあげようか。
子どものときにしか聞こえない御伽話を。
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昔々あるとことに、二人のお侍がいたの。
彼らは永遠の宿敵であり、やがて、決闘の時はきた。
しかし一方のお侍は、決闘に1本の木の棒を持っていった。
もちろん刀がないわけではないのに、たった1本の木の棒だけを持って。
決闘相手はもちろん怒った。
こいつは自分を馬鹿にしているのか、と。
そして決闘相手は悩んだ。
こいつはもしかして木の棒だけで勝つ程の実力を身につけたのか、と。
やがて決闘相手は意気消沈した。
悩んでも怒っても無駄だ、こいつは闘うことをやめたのか、と。
結局決闘は流れてしまった。
最後に決闘相手は尋ねた。
「なぜ棒を持っているのだ」
彼は答えた。
「死ぬのは怖い。棒くらい無くては未来なんてないだろ?」
決闘相手は更に訪ねた。
「ならばなぜ刀ではなく木の棒を持っているのだ」
彼は答えた。
「刀があるとお互いが傷つく。自分だけじゃなく、相手や相手の家族、そして命までも。」
このお話はやがて広く語られることになり、そして2つの言葉が生まれた。
木の棒から平和が訪れたことから。木の棒→きのぼう→「希望」
棒すら無いことは命知らずな無茶なことから。棒が無い→むぼう→「無謀」
そして、「無謀なことでも希望を持てば未来は変わる」と人々が夢を抱いた。
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ね、ちょっと素敵じゃない?
日本語はね、意味言語であると同時に音言語だから。
由来が音に依存することもあるんだよ。
ちなみにね。
「希」という字から【まれ】という意味を引き出しているのは、由来は当て字。
「稀」という字が常用漢字じゃないから、「希」で代用しただけ。
ちなみにね。
本来「希望」という言葉は中国語で、その由来に日本は触れていません。
だから訓読みの「稀(まれ)」という意味は反映されないよ。
ちなみにね。
中国語で「望みが薄い」というときは「希望薄」と書きます。
ね、「希望」という言葉にそんな悲しい意味なんて込められていないでしょ?
安心して。
日本語が大好きで夢を見る林檎は、まだまだ子どもだよ。
甘くて優しい物語も声も聞こえるもの。
二人で積み上げるものが希望なんだよって。
なんてね。
あ、反論ある?
そりゃあるよねえ。こんな生まれたての御伽話じゃあね。
なんてね。