「関係者から糾弾されますよ」

親からの虐待やネグレクト、死別や経済的な理由などから、家庭での養育が困難な子供が保護される児童養護施設。全国に約2万5000人の入所児童がいる児童養護施設だが、秘匿性が高いことからも、施設の実態や子供たちの不遇な家庭環境に対する認知は行き届いていない。

 

こうした福祉の暗部に切り込んだ作品のひとつが、漫画『それでも、親を愛する子供たち』(新潮社)だ。

 

5月9日に発売された第一巻では、母子家庭で育ち、7歳で施設に保護された女児が登場する。彼女の母は、覚せい剤使用等で前科があり、あげく交際相手との痴話喧嘩の末に傷害事件を起こし、現在は服役している。創作であってほしいと願いたくなるような家庭環境はすべて実話がベースであり、全国の児童養護施設には近しい境遇を抱える児童も少なくないという。

 

「今後、これから作品で取り上げる児童の両親は、当然のように累犯者もいます。なかには暴力団関係者の子供や、凶悪事件の子供も取り上げます。児童養護施設は、そういった経緯の子供たちを受け入れている場所でもあるのです」

 

そう語るのは、原作を手がけるノンフィクション作家の押川剛氏だ。

 

ノンフィクション作家の押川剛氏/筆者撮影

ノンフィクション作家の押川剛氏/筆者撮影© 現代ビジネス

 

児童福祉は、綺麗ごとだけでは済まされない交々を内包している。押川氏は昨年、北九州にある児童養護施設の理事にも就任し、その内情を目と肌で感じてきた。

 

『それでも、親を愛する子供たち』第一巻は、LINE漫画の先行配信でトップ10入りするほど、センセーショナルな内容が反響を呼んでいる。各方面への取材は難航し、取材対象者の児童や施設のプライバシーを守りながら、リアリティを担保する調整も困難を極めた。

 

ようやく漫画原稿が完成した後も、監修の児童福祉分野の専門家にダメ出しを受け、そのたびに修正を重ねた。結果、構想から連載開始までに5年近くの歳月を要した。

 

「完成した漫画原稿を専門家に見せると、鼻で笑われることの方が多かったです。『こんなレベルのものを世に出したら、関係者から相当な糾弾を受けますよ』って」

 

施設で子供が泣く「本当の理由」

「第一巻、家庭で虐待されていた女児は、最初はもっときれいな身なりに描いていたんです。そしたら『被虐待児がこんな綺麗な姿でいるのはありえない』と指摘されました。実際は、爪は伸び放題で、ざんばら髪で、所々にあざがあるような状態であることが多いんですね。

 

我々は、施設で保護されて、ケアを受けた後の姿しか見ていないため、虐待を受けていた悲惨な姿を再現できていなかった。 他にも、女の子が空腹であると母親に伝えたところ、生のニンジンを渡されるシーンがあるんです。

 

最初はそのニンジンを皿に出して描いていたのですが、『育児放棄するような母親はわざわざ皿なんか出さない』と。それで改めて各方面に取材を行い、その時に母親が食べていたコンビニ弁当のフタに、生のニンジンを乗せて差し出す描写に変えました」

 

虐待の後が生々しく描かれた女児/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社

虐待の後が生々しく描かれた女児/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社© 現代ビジネス

 

弁当のフタに載せて出された生のにんじん/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社

弁当のフタに載せて出された生のにんじん/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社© 現代ビジネス

 

作者の「創作」が入りすぎてしまうと、曲解して伝わるおそれもある。制作を進めるうえでの約束が、お涙頂戴や感動ものにしないことだった。

 

綺麗な女の子や、穏やかな現実を描いた方が、読者も親近感が湧きやすく、「売れる」作品になるだろう。ただ一方で、肝心なリアリティーからは遠ざかり、事実を脚色しては意味がない。いかに悲惨で不遇な現実をありのまま描き切るか、その一点に苦心した。

 

「やはり物語に落とし込むなら、物語の展開や起伏を作って、起承転結を作るのが定石だと思うんです。ただ実際に、被虐待児の半生や歪な親子関係について聞き取りを重ねると、彼らの人生には起承転結がない。リアリティーというものは、“結がなくて、転でぷつりと切れている”ようなイメージです。

 

第一巻に出てくる母親で言うと、薬物を乱用して、交際相手を刺して服役中であっても、母親が更生しようとする素振りはない。むしろ面会で、母親は『子供を産まなければよかった』と言い放ち、それでも娘は母に会いたくて夜中に泣く。現実は綺麗に収まるものではなく、むしろ取材を重ねるごとに、歪な親子関係がどんどんと露呈していくものでした。

 

タイトルが『それでも、親を愛する子供たち』となったのは、そのような経緯もあります。てっきり最初は、施設で子供が泣くのは、虐待のフラッシュバックを起こして怖くなるからだと思っていました。

 

しかし、専門家の指摘では、『親にもう二度と会えないかもしれない』ことが怖くて泣くケースの方が多いそうです。いくら酷い仕打ちを受けても、たとえ血のつながっていない継母でも、幼少期の子供にとって親は絶大な存在なんです」

 

家族を思い出し、夜泣きで起きてしまう女児/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社

家族を思い出し、夜泣きで起きてしまう女児/(C)押川剛 鈴木マサカズ うえのともや/新潮社© 現代ビジネス

私利私欲に走る施設長

児童養護施設の理事として、押川氏が目の当たりにしたことは枚挙に暇がない。児童の家庭の問題だけでなく、施設の運営や職員の言動にも、看過できないものがあったという。

 

「現場に携わっていると、いろいろな実態が見えてきます。作品のモデルのひとつにもなった児童養護施設では、当時の施設長が大手の保険代理店と結託して、私利私欲のために活動をしていたんです。

 

また、関係者が、施設出身の未成年の女の子を、自分の事務所に何度も寝泊まりさせていたという情報提供もありました。こうした許しがたい事実の経緯や詳細は、『それでも、親を愛する子供たち』の単行本あとがきで触れています。

 

残念なことに、一部の児童養護施設は、卑劣な大人のせいでさまざまな犯罪の萌芽を含んでいる場所になってしまっているのです。こうした実態を明らかにするためにも、本作を描き続けていこうと思っています

 

昨今では、いわゆる貧困ビジネスと称される、生活困窮者の自立支援を大義名分に、不当に利益を得る団体が存在し、不可視化されている。児童養護施設の運営体制や資金の出所など、その内情が理解されていない側面も大きい。

世間から歓迎されない悪役を引き受ける

押川氏は今後、自立援助ホームに住み込みで運営に携わり、取材を重ねていくという。自立援助ホームは、義務教育を終えた15~20歳の少年少女を対象に、社会へ独り立ちするのをサポートする社会福祉施設だ。

 

一朝一夕には解決できない問題ばかりの福祉の世界で、ひとり闇と対峙する信念はどこにあるのか。押川氏は忖度のない言葉で語る。

 

「言っちゃあ悪いですが、社会福祉活動は、ほとんどが綺麗事を言って良い人を演じたい人ばかり。SNSでいいねが欲しい人ばかりが集っているんです。 ただそれでは、深刻な事情を抱えた子供たちの存在ほど、どんどん排除されて可視化されづらくなっていく。

 

警察は主に事件担当で、虐待事案に立ち入るケースは稀です。児童相談所も、虐待の疑いの域を出ないケースに関しては、親や子供の同意がないと一時保護もできないのが現状です。児童養護施設に預けられた子供たちはほんの一部で、福祉にもつながれていない当事者がたくさんいるんです。

 

だから本気で向き合わないと、事情を抱えた子供たちを守って育てていくのは難しい。だから自分もこの漫画を描いていくに当たっては、世間から歓迎されない悪役を引き受け、子供の健全な育成のために闘っていく。それが最低限の心得だと思っています。

 

自分は母子家庭で育って、勉強もまともにしてこなかった大したことない人間ですから。そんな人間だから、企業に勤めて偉そうにしているよりも、悪役に徹して、現場で困った子供たちと触れ合った方が性に合っていると思います。いくら周りから出鱈目だと誹謗中傷を受けようと、いまは悪役を引き受ける人がいないからね。

 

いまは綺麗事が好きな人ばかりだから、面倒な問題には誰も手を付けず、家庭や地域に放任しがちになっている。だからなのか、ありがたいことに『悪役の押川が必要だ』と言ってくれる人もいるんですよ。それまで私のことを揶揄してた人たちも、本気でやってれば次第に理解してくれるはず。そうしているうちに、児童福祉の実態が周知できたら、悪役冥利に尽きますね」

 

「リアルで面白い」作品を創るのではなく、清濁併せ吞んだうえで真実を明らかにし続ける。それで施設にいる子供たちや善意で動く職員たちの未来が良い方向に向かうことを、作者は願っている。

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