忘れもしない2024年1月20日土曜日


この日は夜勤で27時出勤の予定だった。

恋人と家でゲームをしていた。

普段だったらこの時間はもう寝ているが

なんとも珍しく起きていたのだ。


17時55分

こんばんわ

急にごめんね、お兄さんの妻です

仕事中かな、

急ぎ、電話で伝えたいことあるので、電話できるかな?


一度も個人でやり取りしたことがなかった

兄の嫁からLINEがきた。


一瞬心臓がひゅっとなったあとに脈が早くなった。

心臓がバクバクして怖くなった。

少し自分を落ち着かせて、2分後に大丈夫ですと送った。

電話がくるまでの時間、最悪なことを想像してしまっていた。

大丈夫と送った3分後に電話がきた。


今、医者に母親、兄、姉が呼ばれて話を聞いてること

どうなるかわからないが早く帰ってきた方がいいと思う。

そんなことを告げられた。

「今晩夜勤終わった後に帰ろうと思ってたけど

それじゃ遅いですかね?

今日、明日の話なんですか?」

『私の口からはなんとも言えないけど

多分早い方がいいと思う』

「妹にはもう伝えたんですか?」

『先に妹に電話を掛けて伝えたの。

仕事がもうすぐ終わるからすぐ帰るって』

「わかりました。僕もすぐ帰ります」


土曜は上司と僕の二人しか出勤しない。

僕の代わりに土曜日出勤できるのは一人しかいない。

だが、僕はその人の連絡先を知らない。


兄嫁との電話を切った後、上司に電話した。

父親の容体が危ないこと

Kさんに代わりに出勤してほしいこと

今から実家に帰りたいと伝えた。


Kさんに連絡をしてみるけど

無理だったら出てくれなきゃ困る

少し待ってくれと言われて電話を切られた。


絶望だった。

父が危ないというのに帰ることができない?

そんなことあるのか?

頼む、連絡着いてくれと願った。


一応実家に帰るため泊まりの準備をして

上司からの連絡を待った。


10分後、無事にKさんに連絡がついて

代わりに出てくれると言われた。


恋人に頼んで駅まで送ってもらうと

電車に乗った。

実家の最寄駅まで1時間30分くらい。

到着は20時30分。


駅には姉が迎えにきてくれた。

泣き腫らして赤くなった目をしながら。


『覚悟しておいたほうがいい。あんなお父さんをみたら本当に辛い。全身で呼吸してる。』

「え、そんなにやばいの?」

『多分残された時間は少ないと思う』


急に現実味が湧いてきた。

いや、わかっていたけど気付かないふりをしていたのだと思う。

駅から病院までは10分も掛からないが

それさえ危ういのではないかと怖かった。


病室に着いたら中には母がいた。

『父〜来たから代わるよ』

父は返事をしなかった。いや、出来なかった。

新型コロナの影響があり病室には一人ずつしか入れないみたいだ。


言われるがまま病室に入ると

その異様な光景に目を疑った。

ベッドに横向きに寝転びながら全身を動かして呼吸をしていた。

いくら息を吸っても酸素が足りないずっと苦しそうな様子だった。

息をすることに全力そのものだった。


いざ目にすると何も言えなかった。

何を言ったらいいのかわからなかった。

5分ほど沈黙が続いた。

その傍でずっと父は全力で呼吸してる。

途中頑張って息を深く吸ったりもしてたけど

浅い呼吸をずっとしていた。

息をうまく吐くことができないのだろう。

何か話をしなきゃと思っても涙しか出てこない。

泣いちゃだめなのはわかってる。

でも涙が止まらなかった。


『泣くな〜』

父の声が聞こえた。

息をするのも辛くて喋る余裕なんてないはずなのに。

そこから10月に家族旅行に行った話

僕の1番の理解者でいてくれたことへの感謝

育ててくれたことへの感謝


話をしてる最中に父が手を伸ばしてくれた。

手を握りながら話していたが、身体中の酸素が足りていないからなのか手が冷たかった。

いつも暑がりで真冬でも寝てると暑くなるからと

半袖にパンツ姿で寝ている父の手が冷たいのだ。

手を握るなんて何年ぶりだろうか。

ごつごつして男らしい手の中にある微かな温もり。


時折吐く息に溶け込むような微かな相槌をしながら思い出話に花を咲かせていた。

でも僕は後悔している。

感謝や思い出ではなくもっとポジティブな言葉を掛ければよかったと。


15分ほど病室に滞在していたら

父が苦しいと言い出し慌てて病室を飛び出した。

母を呼び父の病室で様子を見守る。


もうすぐ妹が到着するって!

みんなが会いにきてくれるってさ〜

よかったじゃん!

だからもうちょっと頑張って

いやもう十分頑張ってるのにこんなこと言うなんて酷い嫁だね〜

でも頑張れ〜!


と明るい声で母が言う。

少し震えたようなそれを隠すような声で。



21時には妹が到着した。

姉が駅まで妹を迎えに行っていた。

妹も僕と同じで東京に住んでいて仕事が終わった後に帰ってきたのだ。

病室を開けると母が

「妹帰ってきたから代わるよ〜」と声をかけた。

『ありがとぉ〜』

父が大きい声で返事をしてくれた。

隣にいる姉がボソッと

私が面会したときには喋ってなかったのにと

泣きながら笑っていた。


それが僕の聞いた最後の父の声であり、言葉だった。