ボクは茨の道を好んで歩く。
君は茨の陰でひっそりと歌う。
ボクはずっと向こうを見ながら
無神経に茨を踏みつける。
君は私の踏みつけた茨で、
深く深く傷ついていく。
ボクは踏みつけた茨の棘で、
無数の血の川を作り出す。
茨の陰の君の美しい顔が、
ボクの血で醜く汚れていく。
流れ出すボクの汚れた血で、
君の心が満たされていく。
ボクは茨の道を好んで歩く。
そして君は、深く傷つき汚れていく。
ボクの痛みはボクの快楽
ボクが生きている唯一の証拠。
ボクの苦しみはボクだけのもの。
それでも君は、傷ついていく。
ボクが苦しみから解放される時、
君もその苦しみから解放される。
君の深く傷ついたその体も心も
君の醜く汚れた顔も両手も。
多分、もう少しだから。
君が苦しむのももう少しだから。
カーリー・サイモンのベストを聴いた。
何故か、凄く悲しかった。
きっと彼女の歌が悲しいのだろう。
彼女は幸せの握り方が下手だから
どうしても悲しい歌になるのだろう。
だから
私が悲しいのではなくて、
彼女の歌が悲しいのだ。
Carly Simon
Clouds in My Coffee 1966-1996