ハロー!プロジェクトのアイドル、Berryz工房は、3月3日を以てその活動に終止符を打った。
モーニング娘。の妹分として2004年3月3日に結成されたBerryz工房。
当時全員が小学生という年少のグループのデビューは、世間に大きなインパクトを与えた。
同時にそれは、今日活躍する多くのアイドルの目標であり、アイドルブームの先駆者であった。
1stアルバム「1st超ベリーズ」およびミニアルバム「スッペシャル!ベストミニ~2.5枚目の 彼~」の収録楽曲は、ノスタルジーを強く感じさせるアイドル界に残る傑作であった。
2007年、さいたまスーパーアリーナで行われたライブでは、同会場での公演の平均年齢史上最年少グループの記録を打ち立てた。
2008年には、アジアソングフェスティバルでアジア新人賞を受賞。2010年にはタイ・バンコク、2011年にはアメリカ合衆国で公演した。
日本のみならず、韓国、台湾、タイ、フランス、アメリカで人気を獲得した。
ヨーロッパでのジャパンブームを牽引した存在でもあった。
2009年から2年間続いたアニメ「イナズマイレブン」とのタイアップでは、男子小中学生にもファンを獲得した。
ハロプロにとっても、またナイスガールプロジェクトにとっても「しゅごキャラ!」や「極上!めちゃモテ委員長」など、後のアニメへの進出の大きな一歩であった。
またグループからは「Buono!」、「ガーディアンズ4」等のユニットが生まれた。アニメ・声優界にも多大な功績を残した他、
心にしみる名曲の数々を世に送り出した。
メンバー全員が小学生であり学業を最優先するという活動スタンスと、斬新で遊び心ある楽曲やパフォーマンスは、音楽は言うまでもなく、文学的にもさらには教育にも多大な影響を与えた。
Berryz工房に影響され、アイドルや芸能界を目指した者は数知れず、彼女たちの活躍が今日のアイドルブームを作り上げたことはいうまでもない。
未来、今日のアイドルに影響された少女、少年たちが芸能界に集い、さらに飛躍した芸能文化のブームをもたらすであろう。
Berryz工房は初等中等教育、とりわけ音楽教育に功績を残した功労者だった。
Berryz工房の活躍の歴史とはすなわち、今日のアイドルブームを築いた、わが国の芸能史に残る活躍であった。
それはいつまでも決して色褪せることのない、永久不滅の偉大な功績であり、世界文化の発展、そして日本の発展に貢献した。
時が過ぎ時代が代わっても、その功績は千年万年輝き続けるだろう。
歌や芸能、アイドルから生まれる愛が世界に溢れるなら、人類から戦争や争いはなくなる。
テロも暴力も必要のない、慈愛と人類愛に満ちた、真の世界平和は訪れるだろう。
文化芸能が世界を包む人類至高の叡知である。
私たちは幸運にも、その恩恵を受けることができた。
その瞬間を目撃した私たちは、それぞれに追いかけた夢を実現すること。
それこそが私たちファンの使命である。
Berryz工房ラストソング「永久の歌」「Love together」に、その想いが込められている。
Berryz工房は今は過去のグループとなった。
それまでと違う未来が始まっていく。
あの日、日本武道館に集った人々もやがて過去の出来事となり、遠い記憶となっていく。
いつしか、熱烈なアイドルヲタであってBerryz工房を知らないという世代も生まれていくだろう。
3月4日以降、生まれた子供たちは、意識するかしないかに関わらず、Berryz工房を生で見ることなく知らずに育っていく…
語り継がれる歌のように。そして受け継がれていく文化のように。
いつまでも人々の心のなかに生き続ける。
生きていこう。これからも…
彼女たちに応援された夢が叶うように…。
ああ懐かしい、駆け抜けた20代。ヲタの日々。
懐かしくも、永遠に心の中で輝き続ける。
Berryz工房。
I will never forget 3th March!
本当に、
生まれてきてよかった。
・1980年。伝説の歌手、山口百恵さんのラストライブも日本武道館でした…
モーニング娘。の妹分として2004年3月3日に結成されたBerryz工房。
当時全員が小学生という年少のグループのデビューは、世間に大きなインパクトを与えた。
同時にそれは、今日活躍する多くのアイドルの目標であり、アイドルブームの先駆者であった。
1stアルバム「1st超ベリーズ」およびミニアルバム「スッペシャル!ベストミニ~2.5枚目の 彼~」の収録楽曲は、ノスタルジーを強く感じさせるアイドル界に残る傑作であった。
2007年、さいたまスーパーアリーナで行われたライブでは、同会場での公演の平均年齢史上最年少グループの記録を打ち立てた。
2008年には、アジアソングフェスティバルでアジア新人賞を受賞。2010年にはタイ・バンコク、2011年にはアメリカ合衆国で公演した。
日本のみならず、韓国、台湾、タイ、フランス、アメリカで人気を獲得した。
ヨーロッパでのジャパンブームを牽引した存在でもあった。
2009年から2年間続いたアニメ「イナズマイレブン」とのタイアップでは、男子小中学生にもファンを獲得した。
ハロプロにとっても、またナイスガールプロジェクトにとっても「しゅごキャラ!」や「極上!めちゃモテ委員長」など、後のアニメへの進出の大きな一歩であった。
またグループからは「Buono!」、「ガーディアンズ4」等のユニットが生まれた。アニメ・声優界にも多大な功績を残した他、
心にしみる名曲の数々を世に送り出した。
メンバー全員が小学生であり学業を最優先するという活動スタンスと、斬新で遊び心ある楽曲やパフォーマンスは、音楽は言うまでもなく、文学的にもさらには教育にも多大な影響を与えた。
Berryz工房に影響され、アイドルや芸能界を目指した者は数知れず、彼女たちの活躍が今日のアイドルブームを作り上げたことはいうまでもない。
未来、今日のアイドルに影響された少女、少年たちが芸能界に集い、さらに飛躍した芸能文化のブームをもたらすであろう。
Berryz工房は初等中等教育、とりわけ音楽教育に功績を残した功労者だった。
Berryz工房の活躍の歴史とはすなわち、今日のアイドルブームを築いた、わが国の芸能史に残る活躍であった。
それはいつまでも決して色褪せることのない、永久不滅の偉大な功績であり、世界文化の発展、そして日本の発展に貢献した。
時が過ぎ時代が代わっても、その功績は千年万年輝き続けるだろう。
歌や芸能、アイドルから生まれる愛が世界に溢れるなら、人類から戦争や争いはなくなる。
テロも暴力も必要のない、慈愛と人類愛に満ちた、真の世界平和は訪れるだろう。
文化芸能が世界を包む人類至高の叡知である。
私たちは幸運にも、その恩恵を受けることができた。
その瞬間を目撃した私たちは、それぞれに追いかけた夢を実現すること。
それこそが私たちファンの使命である。
Berryz工房ラストソング「永久の歌」「Love together」に、その想いが込められている。
Berryz工房は今は過去のグループとなった。
それまでと違う未来が始まっていく。
あの日、日本武道館に集った人々もやがて過去の出来事となり、遠い記憶となっていく。
いつしか、熱烈なアイドルヲタであってBerryz工房を知らないという世代も生まれていくだろう。
3月4日以降、生まれた子供たちは、意識するかしないかに関わらず、Berryz工房を生で見ることなく知らずに育っていく…
語り継がれる歌のように。そして受け継がれていく文化のように。
いつまでも人々の心のなかに生き続ける。
生きていこう。これからも…
彼女たちに応援された夢が叶うように…。
ああ懐かしい、駆け抜けた20代。ヲタの日々。
懐かしくも、永遠に心の中で輝き続ける。
Berryz工房。
I will never forget 3th March!
本当に、
生まれてきてよかった。
・1980年。伝説の歌手、山口百恵さんのラストライブも日本武道館でした…