今日、1月17日は阪神淡路大震災の日です。
あれからちょうど20年がたちました。
今、神戸は復興をとげ、街の姿はほぼ元通りです。
それでも震災の傷跡は多くの場所で残っています。
私は当時、小学生でした。
当時は学校の給食を残しがちでしたが、神戸の人は食べるものにも困っていると思うと、なんだかもったいないという気持ちを持ったものでした…
親からは、もし関東で震災が起きたら、九州の親戚宅に避難するからね。
などと言われていた記憶があります。
私は2011年、東日本大震災を経験しました。
家屋の倒壊などの直接的な被害はなかったけれど、ハロプロの限定グッズなどが、壊れて使い物にならなくなったのはショックでした。
その意味では私の中での被害は甚大でした…
地震や津波は人々の日常を一瞬にして変えてしまいます。
昨日まで普通に存在していた、当たり前の暮らし、当たり前の日常が一瞬にして壊されてしまいます。
津波や家屋の下敷きになるなどで、不本意に一生を終えてしまう人もいます。
文化や生活が発展しているからこそ、少しの災害で大きな被害が出てしまう。
それが大都市の脆さかもしれません。
阪神大震災の直後は、コミュニティFMなど、地域に密着した放送局の開局が相次ぎました。
テレビなどで盛んに「地域密着」という言葉が使われたのもこの頃からのように思います。
東日本大震災の時は「絆」といわれました。
やはり最後に頼るのは人間の力だと思います。
わが国は災害の多い国です。国土強靭化が進められていますが、これからの対策は急務です。
ただハコモノを作るだけでなく、普段から人々の備えを喚起できるか、そしていざというとき、人の命を守り、人の力を生かすことができるか。
それが何よりの国土の強靭と思います。
改めて、震災で犠牲となられた方に心からお悔やみを申し上げます。
あの日を教訓に、災害の犠牲が増えることのないよう願います。
あまり関係はありませんが…、
実は、私の祖父もこの日が命日です。1997年の1月17日です。
・1995年1月17日のニュース
・1月18日のニュース
あれからちょうど20年がたちました。
今、神戸は復興をとげ、街の姿はほぼ元通りです。
それでも震災の傷跡は多くの場所で残っています。
私は当時、小学生でした。
当時は学校の給食を残しがちでしたが、神戸の人は食べるものにも困っていると思うと、なんだかもったいないという気持ちを持ったものでした…
親からは、もし関東で震災が起きたら、九州の親戚宅に避難するからね。
などと言われていた記憶があります。
私は2011年、東日本大震災を経験しました。
家屋の倒壊などの直接的な被害はなかったけれど、ハロプロの限定グッズなどが、壊れて使い物にならなくなったのはショックでした。
その意味では私の中での被害は甚大でした…
地震や津波は人々の日常を一瞬にして変えてしまいます。
昨日まで普通に存在していた、当たり前の暮らし、当たり前の日常が一瞬にして壊されてしまいます。
津波や家屋の下敷きになるなどで、不本意に一生を終えてしまう人もいます。
文化や生活が発展しているからこそ、少しの災害で大きな被害が出てしまう。
それが大都市の脆さかもしれません。
阪神大震災の直後は、コミュニティFMなど、地域に密着した放送局の開局が相次ぎました。
テレビなどで盛んに「地域密着」という言葉が使われたのもこの頃からのように思います。
東日本大震災の時は「絆」といわれました。
やはり最後に頼るのは人間の力だと思います。
わが国は災害の多い国です。国土強靭化が進められていますが、これからの対策は急務です。
ただハコモノを作るだけでなく、普段から人々の備えを喚起できるか、そしていざというとき、人の命を守り、人の力を生かすことができるか。
それが何よりの国土の強靭と思います。
改めて、震災で犠牲となられた方に心からお悔やみを申し上げます。
あの日を教訓に、災害の犠牲が増えることのないよう願います。
あまり関係はありませんが…、
実は、私の祖父もこの日が命日です。1997年の1月17日です。
・1995年1月17日のニュース
・1月18日のニュース