私にとって今年の砧祭は、どこか特別なる思い入れがあるものです。



といいますのは、私が大学に入学したのが2003年(平成15年)。

大学は就学できる最大年限が8年なので、今年は在学できる最期の年ということになるのです。



私は標準年限の4年で卒業しているため、すでに卒業生になっています。

私の同級生で在学しているという人ももう数人しかいないと思います。

それであっても来年以降、私の同級生に当たるという人は大学には存在しなくなるということになる。

そういう意味で今年が最後ということを感じてしまいます。



とはいえ大学のキャンパスに当時の面影は残っていません。

私が卒業した翌年から、校舎の新築工事が始まり、私が学んでいた校舎はすべて取り壊されてしまいました。

今はもう別の学校のようです。



私は4年間サークルに所属していたので、毎年必ず砧祭には出展していましたし、楽しみにしていました。



振り返れば砧祭は自分の趣味や娯楽、その年のやりたいこととのある意味では戦いでした。



鉄道研究会にいた頃は、部員の中でも少数派だった鉄道写真のために諸先輩方に特訓を積んでいただきました。

結局展示(に及ぶことが)できたのは数点で、精進しなければならないと感じたものでした。



その後は、さらに趣味を求めてその年から始まったミニFMの企画に参加し、そのまま放送研究会へ。

高校の頃から放送マニアになっていた私にとって、放送研入りは悲願でした。

その年は早速翌年に向けて動き出していました。

年度の途中入会の私を受け入れてくださった放送研には今も感謝しています。



結局のところ、高校時代の鉄道マニア・放送マニア・ハロプロヲタという自分の中での三大ヲタが砧祭で公然と展示されたような気が今はしてしまい、今は懐かしくもなってしまいます。





もしこの学校に入っていなかったとしたら。

高校の頃は何も考えずに受験勉強だったので、それは入学後、あるいは最近になって考えてしまうことですが、何度もそう思ってたりもしました。



いろいろな意味で、今の自分のやるべきこと、求めたいことは別にあったのではないかということです。



私は大学時代、全国の大学を巡ることができました(それは放送局巡りを兼ねて)。

そうしていく内に、今ここにいる自分がいるから、さまざまにやりたいことが見つかって行く。娯楽が新しく発見できるから、毎年この時期が楽しみなんではないかと気づき始めました。

ハロプロヲタに戻ってきたのもちょうどこのあたりですがww



昨年2009年には、ハロプロの真野ちゃんのイベント、そして今年はスマイレージと、私が夢にまで見ていた砧祭でのハロプロイベントということが実現しました。



在学中には教職課程やゼミ、講義の履修を通じてさまざまな人との出会いがありました。

中でも教職課程では恩師との出会いもあり、今年も再開できたことにとても嬉しく感じるものであります。



大学時代に感じていた迷いは、旧校舎とともになくなったのではないかと、今はふと思うところです。





私はもうこれからは、大先輩と呼ばれる人の仲間入りになっていきます。少なくともそのような自覚を持って行く頃です。



今は放送研も安定的なサークル運営と思ってしまいますが、私はぜひ新しいことに挑戦する気持ちを持って欲しいです。



私からも放送研究会のためにも何か提案すべきではないかと考えてしまいますが、

ネットラジオや映像制作など、他大学が行っているような活動を参考にしつつ、新たなものに取り組んでみてはどうかと思っています。

(ネットラジオなら結構ノウハウわかるよ…)





こうして一つ一つ、新しい思いでは自分の更なる目標を作って行く。

実はその過程こそが、娯楽という楽しみであり、人間文化の形成ではないだろうかと、

文化祭を迎えるたびに、そのように思っています。







今年、放送研究会のミニFMをお聞きいただいたすべての方、とりわけネットラジオ経由でお聞きいただいた方には、本当にありがとうございました。

また今年も迎えて下さいました現部員の皆さんに心から感謝申し上げます。

もちろんわが母校、日本大学商学部にも。