「やばいな、遅刻しちゃう」
そう言って彼女はブラウスの胸ポケットにボウタイを束ねて仕舞った。
そこは彼女しか触れることができない領域で、僕が触れることは出来ない。
透き通るような白い肌に、汗が薄く滲んでいた。
紅く少し厚みのある唇をなめるのが、彼女の癖だ。
急いでいると彼女はよく唇をなめる。
「よし」
彼女が通ったところは、たちまち甘い匂いに包まれる。
長く艶やかな髪の毛は、いつも低いところでひとつに束ねられていて、
毎日変わることはない。
僕は、こんなことを頭の中で容易く考えられるくらいに、
彼女の事を好きになってしまっていた。
その気持ちに気付いた時には、もう遅かった。
彼女の命はもう、残り僅かだったのである。