それは、例えば、絶対的な 孤独 。
胸から、下腹にかけて ゴボっと
えぐられるような種類の孤独。
この間の夏に、トロントに
スイスジャーマン 3人と僕とで旅をした。
僕は、言葉を理解できない。
僕は、その習慣を知らない。
僕の英語はギコチない。
彼らは、僕の流儀を理解しようとさえしない。
常に友達と一緒にいながら、
ぼくの内蔵は、地面にばらまかれる。
バシャーと音をたてて、まき散らされる。
何が、国際協力だ。
何が、国際理解だ。
笑わせるな。
「人と人とは、分かり合うことはできない。」
んだよ。
チンプな言葉で人を踊らせるな。
本当のモノは、そんな所にありはしない。
そんなとこから、ほんとの姿は見えはしない。
いっぺん内蔵を地面にぶちまけてみない
ことには。
異文化なんて ”敵” なんだよ。
やるか、やられるか。
先手必勝 とは よくいったもので。
先にやらなければ、僕がやられるんだ。
やる時には、復讐されないように
徹底的にやるんだ。
復讐する気も起こらないように
ぶちのめさなければならない。
我々は殺さなければならない。
我々は多くのものを殺さなければ
ならないのだ。
でも、一人でつらつら考えるには。
それを乗り越えた所に、
ホントのモノは、あって欲しと思う。
ただただ、切実に あってほしいと願う。
祈るような気持ちで僕は 願う。
ほんの少しの、お慈悲と哀れみを。
僕達が、再びこれかつての地獄の
中にもどらなくてすむよう。
ほんの少しの、理解とお許しを。