ヒップホップダンスにのっていたら、音楽がやりたくなってきた。
面白いものでどんな場所にも、音楽好きがいて、さらに楽器ができる人がいる。
僕は音楽がさほど好きではなく、楽器を奏でたり歌ったりするのは好き。
それは、音楽好きじゃないか!といわれても、いやいやーと言ってしまいそうだ。
自分の中での音楽好きは、すごい好きな人のことを言う。
やたらロックシーンに詳しかったり、なにやら新しいミュージシャンを
どこからか探してきてお勧めしてくれたり・・
そういう能力は僕にはない。もちろん音楽談義も苦手である。
とにかくはたから見たら、音楽好きにみえる僕は
じつはそうでもないと思う。
こういったように自分が決めたボーダーに乗ってない時それは、
違う 自分の中ではなにがなんでも違う。
でも音楽好きを装いながら、今日も生きる。趣味は音楽といって生きることは可能である。
ところで、本格的にバンドをやっていた昔は曲を苦心して作ったものだ。
愚にもつかない曲ではあるが、とっても楽しかったし創造の喜びを感じた。
しかし、創造の喜びは演奏スキルの未熟さやさまざまな自意識から生ずる
羞恥心によっていとも簡単に打ち消された気がする。
せっかく人前で演奏する機会が多々あったのに、少々もったいなかったなーなどと
愚にもつかない思いを今更ながら、思い起こす。
神聖かまってちゃん などを見ているとなにか感心する思いだ。
ある意味音楽で人前に出ることの壁を超えている。
演奏的には出てはいけないレベルだが、表現のレベルは高い。
これはこうだとか、わたしはこうだからこう、あのひとはあーだからああ
であるとかの既成のフレームが規制してる気性はおおいにありうる。