朝ごはんを食べながら、新聞を 広げるお父さんを
たしなめるお母さん。
子供はそんな飯の最中にも、貪欲に世の中の
情報を得ようと躍起になっている父に、誇りを感じていた。
むしろ、朝ごはんは父にとっては新聞の記事をペースト状にして
脳に塗りこんで出勤していったのじゃないか、と思うくらい。
そんな日本の原風景も今はどうだろう。
今や、さまざまなツール(携帯、パソコン、テレビ、アイポッド等)
から自由自在にニュースを得られる。
あえて新聞を取る人も、いなくなっているらしい。
話は変わるようで変わらないが、私は本や活字は大好きだ。
んが、なぜか新聞は昔からとっても苦手。
全部一語一句、読まなければならない
そんな強迫観念に駆られるのだよ新聞は。
そして、そのように読むとめちゃくちゃ疲れる。
そんで嫌いになる。
きっと記者やジャーナリストや経済評論家の気合が
そのまま塗りこまれてるからでしょうな。
んが、最近職場でだれも読んでない新聞を
もったいないから、持って帰ってきて読むようになった。
意外にすんなり飛ばし読みできるじゃない。
私の変化と見せかけて、書き手の変化かもね。でも、
今のほうがいーや。