FOAF File158 「さまよえるオランダ船」 | 隼と兎

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こんばんは

ファルコです

先日長崎のみなと祭という夏祭りで船に乗ったファルコです

しかもタダで!

昔の中国の船をモデルにした木造船なのでいい乗り心地というわけにはいきませんでしたが、風はすごく気持ちよかったです

とまぁ何でこんな話をしたのかというと、別に自慢をしたかったわけではなく、今回お話しする話がある船の都市伝説だからなのです

さて、それはどんな船なのでしょうか

これは友達の友達から聞いた話なんですが…




アフリカ大陸南端近くの喜望峰近海で、オランダ人船長が神を罵って呪われた

船は幽霊船となり、永遠にさまよい続けることとなった

その後、その海域ではその幽霊船が出没するようになり、それを見た船は不幸に見舞われるという




いかがでしたでしょうか

これは「さまよえるオランダ船」、「さまよえるオランダ人」という大変歴史のある話で、大航海時代からヨーロッパを中心に語られていると言われています

この船、及び船長の名前は「フライング・ダッチマン」といい、幽霊船の中では抜群の知名度を誇っていると言えるでしょう

幽霊船になった経緯は上に書いた通りなのですが、細かな部分をもう少し詳しく話していきたいと思います

この話の主役はもちろん「フライング・ダッチマン号」です。

この船は17世紀のオランダ船で、アムステルダムを出航し、荒海で有名な喜望峰沖を経由する航路を航行していました

もともと荒海なうえに嵐に見舞われたので、船員たちは寄港する事を望みました

しかし、気の強い船長はそれに応じず、航海を続行したのです

やがて、その行く手にキリストを思わせるような光が見えたので、船員達は安心しました

ところが、船長だけは、この光を神からの挑戦として受取ってしまったのです

そして、「最後の審判の時まで航行してやる」と言い放ち舵を放そうとはしませんでした

その船長の態度に怒った神は、その船に永遠に海をさまよう呪いをかけました

その結果、「フライング・ダッチマン号」は今もどこかをさまよい続ける幽霊船となってしまったのです

そして、この幽霊船の話には上で書いたように、この船を見ると不幸に見舞われるという続きまで出来てしまいました

この幽霊船にはモデルとなった船があるとされ、それは17世紀、航行中に忽然と姿を消した「バーナード・フォッケ船長」の船です

また、喜望峰を最初に見つけたにもかかわらず、遭難死してしまったという「バルトロメウ・ディアス船長」の船がモデルだとも言われています

しかしながら彼はポルトガル人であるため、「さまよえるオランダ人」ではありませんけどね

この話の主役は船という見間違えにくい大きなものであるにもかかわらず、目撃談が数多くあります

イギリス国王ジョージ五世も若き海軍将校時代に、戦艦バッカンテ号での航行中にこの船を目撃したと記録しています

そのためかはわかりませんが、その翌日船夫が一人海に落ちて死んだといいます

1900年代になってからも目撃情報があり、海水浴客やケープタウンの町からも目撃されたという報告がなされています

これらはただの見間違えや蜃気楼だとも言われていますが、複数人が見ていたり、蜃気楼にしてもどこかに帆船がいなければそこに映るはずもないので、一概に見間違えや蜃気楼とは言えない気もしますね

とはいえ、ほぼ全ての場合、このような話は、恐らく海に対する恐怖心から生まれたものだと考えられます

大航海時代は、それまでの時代よりも船や航海術が進歩したとはいえ、まだ海は未知の領域でした

今現在でさえ海の全てを知っているわけではなく、嵐などが脅威であることを考えると、当時の海に対する恐怖は相当のものだったはずです

そのような航海の不安があったからこそ、大きかったからこそ、この話が作られ、広く語られ、信じられたのでしょうね