やはり、日本に帰ってくると、時間の感覚がおかしい。こちらにいるほうが、時間が早く流れているように感じるが、インドの人々がのんびりしすぎてるのかもしれない。

 

だいたいの人が、ほとんど日がな1日、自分のエリアでほとんど動かず座っているといっていい。

 

インドのゴアのビーチ沿いでは、数メートルおきに日用品や食べ物、お菓子などを売る小売店が並んでいるが、どの店も変わらず、インドの庶民たちのほとんどが自営業者であるようだ。

 

だからこそ、商売はその人のやる気次第になるわけで、オカネは欲しいが、そのために頑張ったり売上げをあげようとする気がないのだろう。

 

例えば、カーンという青年の家族が営むインド庶民ランチ屋さんがあるのだが、やる気はあるようだが、カーンが作る料理が残念ながら美味しくなく、しかし友だちとして通っていたのだった。最後にはコーラやコーヒーを飲む程度になった。それにしても、日本ではめったにお目にかかれない大瓶のコーラはなんであんなにうまいのか。それは気のせいではなく、ガラスという物質と、瓶の形、飲み口の狭さがあのうまさを生んでいるのだろうと思う。

 

奥さんを愛しこどもに恵まれ、幸せなのだが、料理を作るセンスがなくてもやっていけるところがこのインドというところである。わたしが味を指導したいくらいだったが、プロでもない人間からチチャいれられるとプライドが傷つくだろうと思い、踏み込めなかった。

 

しかし、たとえ能力が低くても、こうして自分の空間で家族に囲まれ働き、生きていくことができるということは、インドという国は普通にのんびり暮らしたい人からすれば、良い国なのだろう。

 

牛が道を歩いているというのは、たまたまではなく、あるべくしてそうなっているのだ。それがインドの人々の心の反映なのだ。牛こそがインドの象徴ではないかと思う。