例えば自分が幾つになったとしても、好きな人の名前を知った時の喜びを忘れることのない人間でありたいと願う。
格好いい音を鳴らしているバンドの名前を知った時の胸の高鳴りを感じるままの男でありたいと願う。
名前を知るということは、その対象についての興味をより深く知るための一歩を自分で踏み出すということではないだろうか。よりそこに近づくための、深く潜るためのきっかけとして、名前を知るということは大きいと思っている。
例えばそれが片思いの相手のそれであろうと、好きな相手の周りの存在、例えば親友の名前を知るだとか、家族の名前を知るだとか、そういったことから新しい関係性は始まっていく。あるいはつながっていくのだと思う。
逆に言えば、誰かと知り合った時にその相手の名前を尋ねるということは、自然なことでありながら実はとても勇気のいることでもある。自然に聞ける人は聞けるだろうけれど、物事に一つ一つ意味だとか物語を求めてしまう自分にとってはわりと重いことだったりする。
そもそも、誰かに興味関心を持つということはなかなかしんどいことで、人間不信ぎみの自分にとっては億劫なことでもあるのだ。
だからこそ、名前を誰かに尋ねるということはとても重い意味を持つ。
名前を知りたいと思うことが、これからもあればいいなと思う。