墓を掘り返してでも | 透明な濁り Transparent impurity

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新聞による選挙の情勢報道ってのは、世論誘導にならないのかと疑問に思う。例えば政党が他の政党を避難する演説をしているという情報だって、その情報量の扱いによっては人々の行動を左右してしまうわけで、そう考えるとメディアが持っている力というのは今でも大きい。

投票日を3日後に迎える本日までも、不在者投票やら電話調査の結果でどの候補が有利だ不利だということをアナウンスしてしまっている。それは有権者が判断をした後に報道すべきことで、予断を与えるような情報は流すべきではないと思うのだけれども・・・。


もちろん選挙期間以外の世論誘導なんてのは常に行われている。現在の野党が与党であった時の非難と、現在の与党の起こしたミスやら不祥事に対してのメディアの叩きの差異を比べてみるだけでもそれは歴然。マスメディアが特定の誰かを有利になるように支援しているってのは公平中立なんてお題目をスルーして行われていることだ。それこそ日常茶飯事に。


報道の自由ってのが憲法にはあって、それは報道(しない)自由でもあるから困る。隣国が日本に侵略してきたとしても、それをギリギリまで知っていても黙っているということがメディアには可能。わかりやすく言えば、あの尖閣沖での漁船衝突の件やら宮崎の口蹄疫の時だって報道規制はされていたしな。



選挙が終わったら、もう少しだけでいいからメディアに対しての何か規制をしてほしいと思っている。表現の自由ってのは大前提にあるし、国が報道をコントロールしすぎるのは大変危険なのだけれども、自由に対しての責任というものがメディアには欠けている気がする。


と、ほとんどテレビを見なくなった男が書いても説得力はないのだろうが、外出先やら帰省先でニュース番組を見ると本当に酷いものな。で、そういう検証を動画投稿サイトにアップしようとしても削除させてしまうのも恐い。


この国にジャーナリズムなんておそらくはないのだろうが、かつてあったとすれば、それをもう一度発掘しなければならない時期なのではなかろうかと思っている。