放射能測定のバイトについて、ネットで経験者が語っていたが、それこそ公共事業でそういう仕事を仕事を探している人に回せばいいのになと思った。派遣会社に委託するのではなく、中抜きせずにハローワーク、あるいは市役所が直接、臨時雇用でやればいいと思う。いや、やっている場所もあるのだろうけれど。
選挙が終わって政権が変われば、そういう新しい形での公共事業というものが増える気がする。解雇権をゆるくしてしまうよりも、そういう新しい雇用を増やす方向に進めばいいと思うのだけれども、現実的にはなかなかそうはいかないんだろうな。デフレ対策も結構だが、今日の日のお金に困っている人だとか、それこそ生活保護を受けていて、まだ動ける人にそういう仕事を割り振ればいいと思う。
現実的に、あの原発事故以降、この国で生きる以上は放射能という存在は消せないわけだし、それとどう向き合っていくかという時に、火事に対する消防署や病気に対する医療と同じように、調査/除染というものがひとつの部隊/部署として作られていく可能性はあると思う。
ただ、それが行き過ぎると今度は原発にニートやら求職者の人を赤紙的に強制的に送り込むという事が起こりえるから恐い。原発作業員の人数が実際の3倍で報告されていたことでも分かるように、その辺は汚い人たちの汚い金儲けのために現場で作業している人たちのお金がピンはねされているという。
どこまで言っても、この世界から搾取というものはなくならないんだろうか。自分は共産主義者ではないから、完全な平等も、お金持ちが富の多くを吸い上げる図式が崩壊するとも思わないけれど、持っている人が分け与えるという発想が少ないことにはずっとする。
江戸時代、祭りやらイベント毎に大店の店主が餅をばらまいたり、寄付金を弾んだのは、その土地の人たちから恨みを抱かれないようにということと、お金をばらまくことで景気を良くしようとしたからだという話があるけれど、今の経営者ってのは恨まれてもボディガードさえつけておけばいいやと開き直っているようにしか思えない。経団連のお歴々とかな。
堀江貴文さんの【拝金】という小説とそれを漫画化した作品を読んだけれど、あれは面白かったな。昨日もお金にまつわる話を書いたけれど、もしかしたらお金ってのは宗教で言うところの偶像なのかもしれない。偶像崇拝のためにまたその偶像が売られ、誰かの手元に多くの偶像が集まっていくというホラー。
被害妄想強めってのもあるけれど、やっぱり自分はお金というものが多少恐いです。まんじゅうこわい的にお金貰えるってんならもらうけれど、それも正当な報酬でないと恐いだろうな。