外れた予報と停滞する悪い予感 | 透明な濁り Transparent impurity

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雨の予報が一転しての炎天となった。夏らしい夏というのはこのような日のことを言うのだろうか。暑さでとろけていることもできないので、銀行のATMにお金を引き出しに言ったけれど、節電という言葉はどこにいってしまったのだろうというような冷房の効き具合だった。1年経過すると、かくも人は何かを忘れるのだなと思ってしまう。

必要電力が足りているのならばそれはそれで問題ないのかもしれない。とあるスーパーがエコバックを強要してビニール袋を有料化しているように、コスト意識を善意という名前でくるんで自社の利益を得ようとするよりはまだマシのように思うのだ。いずれにしても、ろくでもねえなとは思うが。


震災後、コンビニエンスストアは24時間営業でなくなった時期もあったし(そもそも、震災後2ヶ月ほどは物資がそれほど入って来なかった)それ以降も暫くの間は電気を極力無駄遣いしないようにしていたように思う。パチンコ屋のネオンですら若干おとなしくなっていたくらいだ。


だが、365日という時間ですらそれらは流されていってしまう。エネルギー問題が逼迫するから原発を動かすといいながら、制限できることはしないで、計画停電をするかもしれないなどと脅しをかける方法が正しいのかといえば自分は首をひねるしかない。それらも既得権を持った人たちのシナリオ通りなのだろうか。


政権を取るまでは【民意】【国民の声】と声高に叫んでいた人たちが、今はそれをスルーするどころか逆撫でするような行為に終始する国で、デモが暴動に結びつかないからとますます権力にしがみつく人間たちは、にやにやといやらしい笑い方をしている。どうなんだろうな、これは・・・・。


ああ、雨の予報が外れたこの暑い日に、憂鬱な気持ちも嫌な予感も外れて、スカッとするようなことがないだろうか。でも、スカッとしてそれを忘れてしまうくらいなら、しんどくても覚えていられる方が実は幸せなのかもしれない。