落ちることも落ちないことも縁次第 | 透明な濁り Transparent impurity

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先日、友人にもう恋愛はせんの?と訊かれたけれども、そんなもん予定を立ててやるもんじゃないからわからないと返した自分はあんぽんたんなのでしょうか。

現実問題、そんな暇も余裕もないのは確かですが、FALL IN LOVEという単語があるように、あれは落っこちるものだなと思います。漫画みたいにビビビなんて電波が走ることはないとしても。あ、そういえば松田聖子さん3回目の結婚なさってましたね。そのモチベーションは素晴らしい。エリザベス・テーラーにどの程度まで迫れるかチャレンジしてみて欲しいと思います。揶揄でもなんでもなく。


結婚→離婚→再婚へと至るまでの時間って、未婚の自分は想像するしかないのですが相当なエネルギーがいると思うのです。死別で伴侶と不条理に別れさせれた人は別として、愛憎の果ての離別があったのに、また次の出会いを求めて、あまつさえ再び婚姻関係を結ぼうと思えるだけの人と出会えたらそれは相当なエネルギーになるのだろうなあ。


自分は運命論者ではありませんが、縁というものは信じています。いくら自分が求めていない出会いであれ、別れであれ、それは縁によって結ばれたり解かれたりして、本人の努力ではどうしようもない事であることがほとんどです。恋愛なんてしたくないと思っていても、しかるべきタイミングでしかるべき人に出会ってしまえばそんなお題目なんて消し飛んでしまう。まあ、ケース・バイ・ケースですし、人によって本当に心を閉ざしてそれ以降はフラグをへし折って行く人もいるのでしょうがね。



ただ、恋愛よりも良い出会いがあればその方が今は嬉しい。共感しあえる人やら、本音でぶつかり合える人と出会えたら、それは恋人ができるよりもこの時代では得難い事だと思います。本音を避けて、匿名で誰かを揶揄したり、寂しさを誤魔化し合って傷つかない距離を求めていくよりも、ヒリヒリした感情をさらけ出せる相手と出会う縁があればそれは人生をぐっと豊かにしてくれると思うから。


中島みゆきの【糸】のように心から思える相手とであれば、きっとそれは恋ではなく愛のレベルだろうけれど、自分も誰かと過ごす未来を考えられると思います。でもそれはきっとないものねだりの夢見る夢子ちゃんだと思う。白馬の王子様を待つ人と同じレベルで。


構えたり、遠ざけたりしてると力が入りすぎて、実際何かが起こっても対応できなくなるだろうし、かといって自分から狩猟に出向く気力もない自分は中東の人ではないけれど、天の思し召しのままにってなくらいの気持ちです。その分野に関しては。


落っこちたり、落とされたりするロードランナー状態を怖がるより、踏み出して歩いていけばその先に何かあるんじゃないかくらいのいい加減さだとちょうどいいのかもしれませんね。自分の場合はですけど。