歳月を耐えるために必要であったであろうものと歳月に埋もれさせられそうになるもの | 透明な濁り Transparent impurity

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歳月が人を変えるということは内面だけではなく、外見も変えてしまうのだなと公開された菊地容疑者の全身写真を見て思った。17年の逃亡生活の中で、その中で出会った人からプロポーズされ、自分の正体を告白して断って、それでも一緒にいて欲しいと言われて、それでも彼女は幸せではなかったのだろうし、幸せになってはいけないと思っていたのだろうか。

しかし、伝え聞くところによると、彼女をかくまっていた相手と愛し合うようになり、生活を変えたくなくて同じ場所に長く住むようになった(逮捕時、彼女をかくまっていた男性と彼女は一緒に住んでいたという)という。まるで映画のストーリーのようだが、現実に彼女が冒したであろう罪を考えると、それを美談などにはしてはならないし、綺麗事だけで済ませて良い話でもない。


一方で17年という歳月を逃亡生活に費やす中で、おそらく彼女だけであったら、たとえそれが協力者に支えられた生活であったとしてもそれを続けるのは困難であったのではなかろうかと思う。昨年出頭してきた平田被告も元信者の女性と生活していたのだと聞いた。


人間は孤独では生きていけないという言葉は戯言である。されど、その孤独が望んだものでも、自分で選んだものでもない限り、その中で歩き続け、泳ぎ続けるには何かが必要だったのだろう。それは信仰なのかもしれないし、愛なのかもしれない。どちらも自分には本当の意味で理解することのできないことだが、そういったものがなければ気の遠くなるような歳月を過ごしてはこられなかったのではないか。



と、この報道がなされるなかで、現在の政権は内閣改造を行った。農水省関連のスパイ疑惑の報道はただですら少なかったのに、今回の件でかき消されてしまうのだろうか。大臣を交代したからといって、それが風化されるわけではない。おそらく正常化されるであろう国会の中で、その追求をしてほしいものだ。

陰謀論に走りたくはないが、全てが繋がっているのだとしたら、本当に恐ろしい。マスメディアが誰かのスキャンダルや騒動を必要以上に取り上げるときは、その裏で取り上げたくない何かが進行している時だと誰かが言ったらしいが、その理論で行けば今はとんでもないことが進行しているのだろうから。

それは外国人地方参政権か、戸籍法の改正か。はたまた人権擁護委員会か。さて・・・。