ゆずのベストを借りてみたので、あらためて年代別に聴き直してみたら【さらば青春の日々よ】の歌詞がやたらと染みた。俺は青春らしい青春は満喫していない方だと思うけれど、自分が過ごしてきた田舎での時間や学生時代の友人たちの現在と過去のあれこれを思い出してしんみりしてしまったのだ。
おっさんになってよかったというか、明らかに変わったのはブルースだとかジャズに対して、以前よりもずっと素直に、深く向かい合えるようになったと言うことだろうか。きっとそれは音楽に限らず、小説だろうと、ドラマだろうと若かった頃に比べて中年の悲哀も理解できるようになったからなんだと思う。
ブルースは敗北者の歌であるとも言われている。やるせない現実に対しての嘆きや悲しみ。憤りなんかも含まれている。だるだるに生きていても、知らない間に生きていればそういうものは積もっていくわけで、それが背中に重たく感じる時だってある。
ニール・ヤングやトム・ウェイツ、あるいはボブ・ディランの歌なんかも、若いころとは違って聴こえてくる。風に吹かれてだって、昔みたいに単純に良い曲だなあと思うよりは、深くその中を漂うように聴くようになったものなあ。なんか、重松清さんが小説に書きそうな中年の気分になるんだわ。
歳を取ることは昔からそんなに嫌ではなかったし、老け顔だった自分はようやく実年齢と外見が一致してきてむしろ好ましくはあるのだけれど、体力や気力の低下ってのも顕著になってきた。なんだかんだいっても、自分が死へ向かって歩いているんだなということも実感してくる年齢である。
それでも、歳を取るのも悪いことばかりではないなと思うのは、こういう昔はわからなかったり、感じられなかったことが感じられるようになっていくことなんだと思う。きっと10代から20代前半くらいまでのキラキラした時間を満喫している人もいるんだろうけれど、そんなものは俺にはなかった。でも、楽しかったことはあったから、きっと今も生きていられるし、これから先の時間も受け止めていきたいと思うのだろうな。
哀愁というものが仮に俺に存在していくのだとしたら、若かった頃の記憶を懐かしむばかりではなく、受け止めた上で前を歩く背中を誰かが見てくれた時に生まれるんだろうな。
そのためにも、歩き出さなければ。
しんどいけど、しんどいだけじゃないぜって笑いたいものだ。