数学に限らずですが、0と1の差はとても大きいです

0か1か、あるかないか、というのは常に大きな問題であり
実質0か1を使用するBOOL代数なんていう分野もあるほどです

0と1の差は数における特異点といってよいでしょう




それに負けないくらい重要な点が1と2の差です
0と1の差は重要かつわかりやすいのでいいのですが
1と2の差は重要なわりにきわめて見つけにくいのが特徴です

0と1はあるかかないかですが、
1と2は、特徴が劇的に変化します

例を出しましょう。
「私は世界一身長が高くで、かつ世界一身長が低いです」
というのは常識的にはおかしい文に見えますが、
世界に人間が私一人しかいないのであれば成立します。
二人以上存在するのであればこれは間違った文になります


もう一ついきましょう。4を含む集合を考えます
a={4}
b={4,2}
c={4,99,789,44686}
d={4,0}
e={4,55555555}

「この集合は4である」もしくは、「集合内の全ての要素は4である」
に対して要素数が1個であるaは真を返しますが、それ以外の全ては偽を返します

これは私の知るどんな集合でも同じです
2以上の集合では偽だが、1個になったとたん真になる命題が必ず存在します
(そしてそれは、「集合の要素は全てXである」です)

必ずといえる根拠は集合論というより符号論にあります。
2個以上の要素ということは、そこには必ず"違い”があります
XY座標、時間、色、形。何かが違うからそれら2個が違うものと認識できるのです。
1個になるとその条件がある1種類で満たされてしまうので、"全て"という概念が変化してしまうのです

少なくとも成立可能な順序を持つ集合については、以下の命題は1個のとき真、2個以上のときは偽です
「全ての要素は"最初の要素と同じ"である」


例えば「集合から2を取り除く」という操作により、「この集合は全て4である」が偽から真になることがあるということです(上記例b)

「集合から2を取り除く」という操作により集合の大きさが1減るという結果を生むのは非常に直感的でわかりやすいです。
しかし、この操作により「この集合は全て4である」が偽から真に変化するのは一見無関係、非直感的であって非常にわかりにくいです



それだけに、「この集合の特徴はAです」といわれたとき、一見無関係な集合操作が鍵を握っている可能性があります