ネーブルオレンジ | Myyのブログ

Myyのブログ

内容は皆無です。
よろしくお願いします。

妄想フィクションです。

 

お暇があったらどうぞ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ようやく着いた。

この小さな街に彼女がいるんだ。

 

改札を出ると駅前に1台だけタクシーが止まっていた。

聞いていた住所を告げる。

「お客さん、この街は初めてかね」

運転手が話しかけてくる。

「そうなんです。知り合いがいるので」

「何にもないけど、落ち着いたところだよ」

目的地に近づくと

「本当にここでいいの?」

「いいんです」

平屋の一軒家。

玄関先に「中西和子英会話教室」の文字が見える。

 

家に前に立つ僕に女性が話しかけてきた。

「中西先生を訪ねて来たんですか、それなら・・・」

「事情は分かっています。それより、彼女のことをご存知でしたか」

「もちろんですよ、お向かいですから」

「失礼ですが、どんな女性でしたか、お向かいさんとして」

「私が仕事をしている時、娘の面倒をよくみてくれました。優しい人でした。料理は苦手だったみたい。だから、お礼に時々夕食のおかずを差し入れると、とても喜んでくれて」

「そうでしたか、昔から料理は不得手でした」

「昔のお知りあいなんですね。・・・ちょっと待ってください」

お向かいのご婦人は、スマホを出して何やら操作している。

「これでよし、と。あなたのお名前は?」

「池田です」

「やっぱり。池田さん、さ、入って」

「え?」

「中西先生から、もしかしたら池田さんという男性が訪ねてくるかもしれないから、その時は家に入れてと言われていて。鍵も預かっているんですよ」

「よろしいんですか」

「もちろんです、ささ、入って」

僕が来ることを彼女は予想していたのか。

昔から、妙に勘が鋭い人だったが。

「グループLINEで中西先生ファンクラブを作ってあるんですよ。例の男性が来たから、教室に集合と呼びかけました」

「そうなんですね(楽しく暮らしていたんだな、きっと)」

「勝手知ったる他人の家、と。お茶を入れましょう、池田さんは紅茶ですね」

「それも彼女から」

「そうですよ、隠しごとのない人でした」

広いリビングダイニング。

大きなテーブルは、生徒に教えるのに使ったのだろうか。

窓際に写真が飾ってある。

苺の写真?

あれは・・・

「昔、2人で苺狩りに行ったんですって?その時撮った苺の写真をよく眺めて」

そうだった、バスで苺狩りツアーに参加したんだ。

僕は車も持っていなかったから。

甘酸っぱい果物が彼女は好きだった。

やがて、次々とファンクラブの面々がやってきた。

まさに老若男女。

15人ほどにもなっただろうか。

「この家には折りたたみいすがたくさんあるから、この人数でも大丈夫なんですよ」

「じゃ、池田さんから、お二人のなれそめをうかがいましょうか」

「え?僕、ですか?いいのかな、一人で言っても」

「大概の話は先生から聞いています。先生が戻ってくる前に、確認したいんです」

「分かりました」

 

彼女とは大学の英語サークルで知り合った。

1年後輩の彼女とは、すぐに親しくなった。

自然と交際するようになった。

近郊電車に乗るのが好きだった彼女と、

週末にはちょっとだけ遠出する、そんなデートを繰り返した。

大学3年の夏、僕は留学試験に受かり、海外に行くことになった。

「頑張ってね」

「うん、和子も元気で。1年たったら戻ってくるから」

「待ってる」

だが、僕は帰国しなかった。

留学先にとどまり、そのまま大学院に進み、MBA(経営学修士)を取得。

その国の企業に就職した。

もう30年も前の話だ。

まだ、パソコンすら一般的ではなかったころ。

和子との手紙のやり取りも、どんどん少なくなり、仕事の激務で、僕は手紙を書く余裕すらなくなった。

「私、英検1級を取ったのよ。あなたの知らない街で、英語の先生をすることにしたわ」

彼女の手紙の封を切ったのは、手元に届いてから1週間後だった。

 

「先生は初め、3駅先のちょっと大きな街で全国展開の英語教室に勤めてたのよね」

「そうそう、この街のアパートに住んで」

「教室を開いたのは20年前ぐらいかしら」

「あれには、驚いたわ。こんな場所で成り立つのかしらって思ったものよ」

「でも、教え方がとにかく丁寧で」

「生徒にとって対応を変えるのよね。小さなお子さん、中学生、受験生、ママ、お年寄りって」

「そこがすごいの。評判を聞いて、電車に乗って教わりに来る生徒も増えたわよね」

「発音は昔から素晴らしかったです。僕も指導されました」

「池田さんのことは、私、こんな立派な男性と付き合っていたんです、と自慢げに言ってたわ。池田さんの写真もないし、ああ、半分、妄想ね、と思ったこともあった」

「でも、さっきも言ったように嘘をつけない人でしょう?だから池田さんのことも本当なんだって思うようになったの」

「だから、こんな優しい先生を、日本に残したままのあんたのことも憎いと思ったよ」と高齢男性。

「そんな風に言うと、先生は『池田先輩のことは悪く言わないでください。あの人なりに一生懸命なんです』って、あなたをかばうの。あら、泣いてるの?」

知らぬうちに涙が流れていた。

そんな彼女を僕は。。。

 

「あの、お墓は?」

「あ、聞いてるのかしら。先生はかなり早くから墓地を買ってあって」

「お父様が再婚しているので、自分は別の墓を買って、亡くなったお母さまの遺骨を移したのよね」

「そう、だから急に死んでも墓地の心配はないわ、って言ってた」

「供養料もたくさん払ってあるから、2、30年は大丈夫だとか」

「準備のいい人でした。若い時から」

「お墓には、わたしが車に乗せていってあげるわ。そのネーブルオレンジも1個だけ持って行ってお供えしましょう」

「先生もいったん家に戻って池田さんの話を笑顔で聞いていたと思いますよ」

「この家はどうするんですか?」

「遺言でこども食堂を運営するNPO法人に寄贈されることになってます」

「さ、今度は一緒に車に乗って」

 

 

インフルエンザが悪化し、急逝した彼女。

彼女と交流のあった後輩の男子が僕にメールしてきた。

サークルのOB登録を30年ぶりにしたのを見たからだ。

「中西からは池田先輩に自分の連絡先を教えるなとクギを刺されていました」

その言葉とともに、彼女の死と住んでいた場所を伝えてきたのだ。

実は、5年前に帰国して日本企業に転職していた。

しかし、恐らく、どこかで結婚しているであろう彼女を探すのをためらっていた。

もちろん、自分にも家族がいた。

休暇を取り、彼女の街に向かうことにした。

「大学時代の知り合いが亡くなったんだ」と妻に告げると

「分かった、働きづめだったんだから、しばらくゆっくりしてきたら」とすべてを知っているかのように送り出してくれた。

 

車の窓から彼女が愛した街を眺めた。

手にしたネーブルオレンジからは、彼女の香りがした。

 

 

 

 

ネーブルオレンジ 一つだけ手にして 

君の街まで電車に乗った 

春は何かを思い出させる 

切なくて甘酸っぱい香りが誘うんだ 

 

窓の外に雲ひとつ無い空 

僕の気持ちは早送りされる 

君に会えたら何が言えるのだろうか 

スーパーマーケットに並んだあの季節 

 

ネーブルオレンジ 両手で包んで

恋の甘さを今更思う 

君が1番好きだと言った

柑橘の青春はどこへ消えたのか 

 

ネーブルオレンジ 頬に近づけて 

このみずみずしさに口付けしたくなる 

 

ボールみたいに上へと投げながら 

今の現実はちゃんと受け止める 

そして初めて降りた駅の改札は 

僕にどんな物語見せるのか 

 

ネーブルオレンジ なぜに握りしめて 

僕は知らない街へ来たのか 

この香りに惹かれ どこかで君が

気づいてくれたなら あの頃を語り合おう 

 

少し厚めのこの皮のその中に 

僕が大切にしてた君がいる 

 

ネーブルオレンジ 両手で包んで 

恋の甘さを今更思う 

君が1番好きだと言った

柑橘の 青春はどこへ消えたのか 

 

なんてセンチメンタルな記憶 

まさか会える訳などないのに

 あぁ それでもいい 

 

君が住んでいると聞かされた

 街を一目観たかっただけだ 

片想い ネーブルオレンジ