絶滅危惧種

我が家のすぐ近くにこじんまりした公園がある。周囲を鬱蒼とした木立に囲まれた公園だが、遊具らしきものもあまり無く、公園の敷地の大部分は池に占領されている。湧き水をためているらしく、いつも満々と水をたたえ、しかも岸と水面との段差はほとんどない。季節になるとおわんボートに乗ることができる。もっともボートを漕ぐほど広々とした池ではないので、ただボートに乗って水の上に浮かんでいるだけなのだが。だが、この池は自由に釣りを楽しむことができるので、毎朝早くから太公望の常連たちで賑わっている。そのようなのんびりした公園に、いつの間にか一匹の野良猫が住み着き、人間どもになつくでもなく、さりとて恐れるでもなく、適度の距離を置いて公園内の定位置で昼寝をしていたのだが、いつの間にか常連の釣り人たちの間で、人気者になり、拾ってきた廃材でニャンコ小屋を作ってやったり、ある者は旧い座布団、ある者は毛布を寄付したりして、徐徐に居心地のよさそうな住処の体裁を整えて行った。餌入れの皿、水のみ用のボールも誰かが用意、毎日定刻になるとブラシ持参で、毛づくろいを引き受ける人まで現れた。かくしてこのニャンコ小屋は顔なじみの人々の社交場の中心となってきた。

ところがある日、突然、公園のニャンコが死んだ、とニャンコの訃報が人々の間を駆け巡った。

まさかと半信半疑でニャンコ小屋を覗きに行ったが,小屋の主はおらず、ニャンコを愛した常連の顔も見られず、心なしか公園一帯の雰囲気が生気を欠き、淀んでいるようにさえ感じられたのだ。以来。ニャンコ小屋に新たな住人の出現を期待するのは無理だと誰もが納得し、人々の間でもこの話題に触れるのは一種のタフウーとみなされてきた。

当時の公園の記憶を思い返してみると、なんと公園は生気にみちみちていたことか。たかだか数年の歳月が経過した間にこうも雰囲気が変わってしまうものかと改めて胸が痛む。

この劇的な変貌の原因は、公園やその周囲に生息していた鳥たちを含め生き物たちが駆除されたことによると個人的には信じている。

最初のターゲットはからすだった。彼らはごみ置き場のごみを散らかすからとの理由で、官民一体となった烏駆除作戦が展開され、電信柱の上に針金のハンガーでできた烏の巣も見つけ次第に撤去され、その巣の中のからすの卵も無残にも撤去の対象だった。この徹底的な駆除作戦の成果か、今ではからすの姿も鳴き声も過去の記憶と化してしまった。次世代の子供たちは、からすなぜ鳴く  の。。との童謡も難解なものになるのでは、と密かに懸念してしまうのだが。

次にターゲットにされたのは鳩。公園の地べたを覆いつくさんばかりの鳩の群。彼らは人間を少しも恐れず、地べたの上をヨチヨチ歩き回り、何かをついばんでいた。うっかりすると、踏んでしまいそうになるほど人間の足元をうろついていたのだが、その群もいつの間にか一羽も見かけなくなってしまった。当時は我が家のベランダの手すりの上で一休みしていることもあったが、うっかりすると洗濯物を糞で汚されることもあったのは事実である。彼らが駆逐された原因は、迷惑な鳩を駆逐すべきとの正義感にもえた有志の人々の熱心な見回り活動のせいだと個人的には信じている。かれらは鳩に餌をやる人を発見するや犯人扱いで厳しく叱責する。気弱な人々は恐れおののき、餌やりを断念。鳩たちは餌を求めて住処を変えざるを得なかったのだろう。

鳩の群が消えたのと同時にすずめたちも姿を消してしまった。夕暮れ時になると寝場所争奪戦でスズメたちが大騒ぎする鳴き声を聞きながら夕飯の仕度に取り掛かったり、近くの電線の上に並んでとまっている数羽のスズメたちを見てほっこりしたり、常に身近に感じていた雀たちの姿もさえずり声も今はもう記憶の中にしか存在していないのだ。

次々に鳥たちが公園やその付近から姿を消してしまった結果、公園はまさに抜け殻状態になってしまったのだ。

そのような現実を目の当たりにして、私が密かに危惧しているのは、野良猫たちの運命だ。同じ野良でも野良犬はとっくの昔に駆逐された。彼らは時に攻撃的になったり狂犬病のリスクもあり、彼らを駆除するには十分な理由もある。私が幼少時には、親から野良犬に遭遇した場合の対処法をくどいほど言い聞かされた。当時は保健所の野犬捕獲の車が定期的に町々を巡回し、野良犬を見つけるや直ちに捕獲してくれたものだった。野良犬以外の飼い犬は放し飼は厳禁、など飼い主の守るべき飼育方法は厳しく決められているのだ。

ところが野良猫に関しては、あまり厳しい規則は定められておらず、野良猫たちは比較的自由気ままに街中をうろついていた。戸建てで暮らしていた頃は、我が家の庭には数匹の野良がやってきては餌を食べていた。我が家では彼らを外猫と称し、ねだられれば餌を与えていた。実にのんびりした時代だった。

それが今では猫の姿を見かけることもほとんど無く、捨てられた子猫の鳴き声さえ、耳にしたことは無くなってしまった。

こんなにも見事に野良猫たちが駆逐されたのか、その原因を考えてみると,餌やりを厳しく取り締まったこと。まさに兵糧攻め。次に動物愛護団体の人々が野良猫を見つけ次第、捕獲し、避妊手術を行い、里親探しに力を入れた成果だと思う。

単にうるさいとか、迷惑だなどの人間の都合により邪魔な生き物たちを駆除したい気分は理解できるのだが、果たしてそのような理由で、簡単に生き物たちを排除していく行為がやがては彼らの種を絶滅の危機に追い詰める原因になりはしないかと密かに危惧している。ただでさえ、最近の異常気象や地球温暖化などで生き物たちは次々と絶滅危惧種にリストアップされている状況を考えると、彼らの種を守り、次世代に伝えていくのは同時代を生きる人間の使命だと信じている。