素朴な質問

最近、政府からだけでなく、世の人々からも頻繁に発せられるのは、経済をまわす、と言う文言なのだが、悲しいかな、私にはその真意が理解できなかった。ケイザイといえば、経済学とか国家のケイザイ進展計画とか堅苦しいイメージが付きまとうのだが、そんな国家がらみのプロジェクトをどうやってまわすのか、これは私にはイメージすらできなかったのだ。そこで、愚かな私がたどり着いた解釈は、ケイザイとはただのお金のことらしい、と。つまり、お金が一箇所にとどまっていては具合が悪いらしい。つまり、国中が大量生産、大量消費を目標にお金を稼いではすぐに消費する。こうすれば、お金は絶えず流れるはずなのだ、流通貨幣とはお金のあるべき姿を言いえて妙なのだろう。だが、何か釈然としないのだ。数年以前には誰も彼もがもったいない、と唱えていたのだが,いまやまさにその文言とは間逆の行為が奨励されている。たしかに大量生産、大量消費の道をひた走れば、国中がいかにも活気に満ち、ケイザイも回っているように見えるかもしれないが、実は、過剰生産、大量の廃棄物、ごみ処理の問題、過剰なエネルギー消費、環境破壊につながる有害廃棄物、などなど、環境破壊の原因となる負の副産物を伴っていることを忘れてはならないのだが。

これを機会に一度立ち止まり、考え直してみることを提言したい。

これまで忘れかけていた生活や、ささやかな生活の中に、人間としての真の意味での人間らしい幸せな暮らしを再発見するかもしれないのだ。