こんばんは、結里です。

今回は武道館での気づきの前に気付いたことについて、
先に書き上がったのでお披露目します(=゚ω゚)ノ


この前、今の会社での集まりがありました。
美味しいご飯を食べてから、ちょっとだけミーティング(笑)

今考えると、そのときの私はだいぶ眠かったようで、
かなーり出しゃばり&KY。
10人ほどの集まりの中、話が進まないとみるや、
思ったことをどんどん口に出していってました。

そして、話し合いというほどの話し合いもなく、
今後のテーマも決まり、それに沿って今後動いていくことがわかると
私は自分から手を上げて

「発表用シナリオ書きます!知識構成担当さん達の話し合い出させて下さい!」

と猛アピール( ´ ▽ ` )ノ

他の人の立候補もなく、見事シナリオ担当に収まったのでした*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


今年5月末に今の会社を辞めると決めた時、
最後なら、今まで他の人達の目を気にしてやれなかったこと、
ぜーんぶやってからやめよう、と決めました。

そして、この社内活動を出来るのは、今回が最後。

やりきって、楽しく過ごしたいから、
思いつくことぜーんぶやろう、と思ってました。


……ただ、やっぱり一夜明けると、
「ああー…なんで私あんなに出しゃばっちゃったんだろう…」とか
「ああー…なんで私、シナリオとか言っちゃったんだろう…人前用なんて書いたことないよー…」
という気持ちが、ふつふつと湧いてきました(つД`)ノ

夜中から朝にかけて、浮かんでくるマイナスの思い。

その流れは、長年の、気付いたら辿っている、
いつもの私の思考ルートでした。

いつもなら、このまま友人や同僚など、
他の人と会うまで
ぐだぐだうじうじしているのです。

が、このときの私はちょっと違いました( ̄▽ ̄)

次の日の朝、満員電車の出入口近くに陣取って(乗り換えが3分程しかないので 笑)
足元の朝の光の中のホームを眺めながら、

「ああ、他の人からの不信は、私が私を信じない理由にはならないし、私からの不信は他人が私を信じない理由にもならないんだ。」

という言葉が自分の中で明確になりました。

だから私ができると思っていても、あなたにはできないと言う人もいるし、
私ができないと思っていても、あなたにはできると言う人もいるんだ。

そして他人からの言葉と、
現実に生み出す結果との間には、
元々なんの因果関係も無かったんだ。

因果関係があると認識していたのは、私だけだった。

全部、自分次第、なんだなぁ…。


すとんと、不思議なくらい気持ちが落ち着きました。

そしてその後は全く不安に陥らず、
シナリオ自体について考えることができるようになりました( ´ ▽ ` )ノ


このとき、本当に前提が大事なんだなと思いました。

というのも、この考えに至る前に思い出していたのが、
ぢんさんが教えてくれた数々の「私はいつでも素晴らしい」という言葉だったんです。

私もちょっと考えがあちこち行く癖があって、
明確にどういうフローを辿ったか思い出せないんですけど( ̄▽ ̄)

今まで学んできた素晴らしい教えが、
(私がどうとか関係なく)真実だったとしたら、
今私が感じていることは、
どういう論理を辿って、
どういう結論になるのだろう?

ふと、そう思えたんです。


数学の問題に臨む時のような感じといえば伝わるでしょうか。

その問題を解くための公式はひとつしかない。
公式は自分の考え出したものではないけれど正しい。
あとは数字を代入するだけで答えが出て、
その答えは正しいものである。

大まかに言うとこんな感じでした。



そして、冒頭近くで出て来た知識担当さん達の話し合いが、ぢんさんの武道館翌日だったのですが、

えぇ、そりゃあもうちんぷんかんぷんでした( ̄▽ ̄)


昔なら「全然わからない…どうしようクビかも…( ;  ; )恥ずかしい…」とか思って、縮こまっていた場面でしたが、
今はもう自分のやるべきこと(=やりたいこと=シナリオ作成)が決まっているので、

とにかく、わからない単語はあとで調べる!
リーダーのやりたいことと、知識担当さん達が考えていることの擦り合わせを
あとから自分が見て、ディテールも思い出せるようにメモを取る!と思いながら、耳と頭をフル回転させました。
(質問するなら、その話し合いを聞いた自分の解釈と
相手の意図したいところを擦り合わせるためにしたいので。)

結果、やはり気負うことなく、不安も少なく、
作業は次の段階へ進んでいきました。

今の所、自分が納得できてないところがないので、
本当に不安もなくて( ´ ▽ ` )
あとはスケジュールと自分の執筆速度を鑑みながら、
クオリティの高いものをリーダーに出せるようにするには…って段取りもつけられて、
結構楽しいです(⌒▽⌒)


さて、順番が前後してますが、
次回はin武道館での気づきをまとめますー( ´ ▽ ` )ノ
お疲れ様です、結里です( ´ ▽ ` )ノ


九段下駅までの爆走キャリーで驚かせてしまった方がいらっしゃったら、ごめんなさい!
武道館からの帰りの新幹線に間に合いましたー!
プレミアムシート特典の握手会&チョコレートは貰い損ねました!( ̄▽ ̄)
求む、チョコ画像!

レポートはまた後日…

スマホからの画像の付け方…ググル先生助けてー!(つД`)ノ

おはようございます、結里です。

あけましておめでとうございます。
2017年もよろしくお願いします。


さて、元々私は占いをよく見ます。
特に占いジプシーをしてしまう時があります。
それは猛烈に不安で誰かに行く末を決めて欲しい時。
で、全然当たらないとか思うはた迷惑さ( ̄▽ ̄)

そんな中でも、しいたけさんのしいたけ占いと
石井ゆかりさんの筋トレは読み物としても大好きで、
毎日見ていて飽きない。最終的にここに戻ってくる先です。

そこで山羊座に言われているのは、1月はゆっくりギアを上げていく時だということ。
(注:自己解釈が多分に含まれています)

なので、昨日はお風呂場でじっくり、2016年について振り返ってみた。
それこそ浸ってみました。

そうして今の自分から2016年の自分にかけてあげる言葉が、なんと優しいことか。

「ありがとう」
「あなたがいてくれたから、今私はここにいるよ」

「あなたが諦めずにいてくれたから、私は未来に向かっていけるんだよ」
「本当にありがとう」

今、書いていても何だか胸がいっぱいになります。

(あれ、でもこの言葉、前にも書いた気がする…笑)

元日、過去の私、未来の私への焦りも失望もあったけれど、
同時に過去の私、未来の私への感謝もありました。

そんな風に感じられるようになった今の私まで、
見守ってくれた、関わってくれた
見捨ててくれた、関わらないでいてくれた
そういうものたちに感謝をしています。

 

 

そうして、年末年始に思い知った、

幸せになる覚悟の足りなさ。

少しずつ、積み上げていこうと思います。

こんばんは、結里です。

来年5月末で今の仕事を辞めると決意してから、色んな気付きがあり、
またしても辿ったルートを記録してないことに気付きました( ̄▽ ̄)

んんん、まぁ、よし( ̄▽ ̄)


タイトルは今日、もの(7割以上本)に溢れた部屋で、ときめきの魔法に

挑戦した時に気付いた(腑に落ちた)こと。

 

もしかして、もしかしなくとも。

 

「あること」も「ないこと」も

「起こること」も「起こらないこと」も

 

全部【愛】なのでは…?( ° _ ° )

 

この部屋に溢れている「もの」たち(足の踏み場無くしてて嫌ー。いや好きで買ったんだけれど…)

この部屋を作ってる「もの」たち(冷たい風を凌がせてくれてありがたや。でも模様替えしたい。壁紙とか)

 

全部、誰かから、誰かへの、【愛】が込められたものだもんね…( ° _ ° )

 

外のコンクリ道路だって人が歩きやすくなるように、

今着てる服だって肌触りとかおしゃれとか色々考えて作られてて、

今まで読んだ本達は読んだ人に幸せになって欲しくて知らせたいことがあったから

(これは特に作ったからよくわかる。けど作ることは人のこと考える以上に私には楽しかった( ̄▽ ̄))

 

それから、私が関わってなくて存在していることもある。

 

だから他の人に起こる羨ましいことが、私に起こらないことも、

目に入る、入らない関わらずこの世界に存在していることが【愛】なのでは?

 

 

このことが頭の中に浮かんでから、

ようやく部屋の中の溢れる「もの」たちに感謝が湧いてきた。

 

過去の私も、未来の私も、

私の幸せを願ってくれている。

(未来に幸せな妄想をするのは、未来の私の幸せを願うから。

過去の私を癒したい・許したいのは、過去の私の幸せを願うから。)

 

だから、今、この部屋にこれだけのものがある。

読んだ本も読んでない本も、ぜーんぶ、私が私のために買った本。

私を満たす(あるいは満たすかもしれないと思って)買った本。

 

そう思うと部屋にあるレシートが、私の散財を責めるための証拠ではなく、

私が私を愛している証拠になりました( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

そしてこれだけ溢れる【愛】の中で、

どうやって生きていくかを選ぶなら。

何を使うかを選ぶなら。

 

その理由は「ときめき」とか「好き」とかでいいんだろうなぁ。

「安心する」とか「心地いい」とかでいいんだろうなぁ。

 

で、時には正反対のものを選んでもいいんだろうなぁ( ̄▽ ̄)

 

 

部屋の状況は何も変わっていないけど、

相変わらず人には見せられない恥ずかしい状況だけど、

今の私は結構楽しいです( ´ ▽ ` )ノ

おはようございます、結里です。

最近いわゆる「ぱっかん」が続いている気がするのですが、
職場の男性のある一言で心の引きこもりになっておりました( ̄▽ ̄)

この朝採れ新鮮パッカンをお届けします!

一連の流れの気付きのきっかけは、
ぢんさんの『★「質問」されただけ』の記事。
(また仕事終わり次第リンク貼りがんばりまーす!)

そうそうこういう事あるよなー、
今の職場は辞めるって父上に伝えた時も、
今思うとそんなに怒ってない言い方だったのにすごくブスくれて返事したもん…
と思いながら眺めておりました。

その時、既に私は心の引きこもり、鎖国真っ最中。

仕事はするが、親しい人(女性)としか喋りたくない状態。
電話もできるなら取りたくない。人となるべく話したくない。

自分が時折、そんな状態になるのは
本当ならやりたくない事(今は仕事)をなだめすかしてやってるからかなーと
考えていたので、辞めるまではそんな波もあるだろうくらいに捉えていました。

私の捉え方はそれでも良かったのでしょうが、
待ってくれない時の流れ。

今月末の少人数の送別会のため、鎖国原因のLINEに返事をしなければ…(つД`)ノ

本当、たった一言なんです。
会場を決めるにあたって、カラオケに行くのは決まっていたから、
私が昔言ってたカラオケの名前を挙げたら

「じゃあ、そこで!笑」


……
………(♯`∧´)

私はとにかくこの「じゃあ」という言葉が6〜7年前くらいから嫌いで、
当時の恋人への気持ちが冷めたのはこの一言が原因といっても過言ではなかった。

今回は特にそういう関係でもないので(のに)
気になる…。
嫌…。


そして今朝、顔を洗いながら、ふと気付いた。


もしかして「じゃあ」という言葉もブログ記事の中の「質問」なのでは…?

「じゃあ」が無ければ、普通に返信してたのでは…?


( ̄▽ ̄)