次の日の明け方になって、二人の容体はかなり落ち着き、回復の兆しが見られてきた。
嘔吐を繰り返し毒を吐き出したのが幸いしたのだろう。
出しきれず体内に吸収されたものは、炭に吸着して排出されるはずだ。
「とりあえず一安心ね」
穏やかな眠りについた二人を見てウンス達もようやく胸を撫で下ろす。
「医仙様もお疲れでしょう。
後は私達がついておりますのでどうか、少しお休みください」
他の医員から勧められ、ウンスはその言葉に従う事にした。
久しぶりの徹夜だ。
今日もこのまま典医寺に残る事になるだろうし、少し目を覚そうと典医寺の外へ出る。
朝のひんやりした空気を感じながらぶらぶらと歩いていると、ふと視界の端に男の姿を捉え、彼女は足を止めた。
小さくてもそれが誰かはすぐ分かる。
夫のチェ・ヨンだ。
ウンスに気付くと、長い足を颯爽と動かし歩いてくる。
彼も寝ていないだろうに、微塵も疲れた様子は感じられない。
「お疲れ様。
ここにいたのね」
「二人の容体はどうです?」
「もう大丈夫だと思うわ。
あなたの方はどう?何かわかった?」
「まあ色々と。
あの毒入りの茶はどうやらオムという医員自身が持ってきた物のようです。
なんでも、珍しい茶を集めるのが趣味だとか。
とりあえず事件性はなさそうですが、入手先については詳しく調べる必要がありそうです」
オム医員は元の商人と付き合いがあり、貴重な茶や薬草を手に入れては侍医とよく飲んでいたと皆が証言したらしい。
今回は騙されたのか、とんでもないものをつかまされたというわけだ。
「そうね。
あんなのが出回っちゃ大変だもの」
ウンスはさっき見た茶葉を思い出しながら言った。
あれも元から来た物なのだろうか。
あの匂いはやはりどこかで嗅いだような気がする。
「だけどそういう事なら、例の連続紛失事件とは全く関係ないって事になるわね」
ウンスはため息をついた。
「困ったわ。
あれが見つからないことには、アニの疑いは晴れないって事でしょう。
期限は明日なのに」
二人の窮地に駆けつけた事で恩を売って見逃して貰えたとしても、それでは彼女の潔白の証明にはならない。ウンスにだって、その辺は意地がある。
だがそんなウンスに、ヨンは余裕の笑みを浮かべて言った。
「まあそう気を揉まずとも。
今心当たりを探している故、イムジャは休んでいてください」
「心当たり?」
「ええ、俺の予想が正しければまもなく……ああ、来たな」
ヨンの視線の先に目を遣れば、テマンが駆けてくるのが見えた。
「大護軍!医仙様…あ、ありました!!」
テマンが風呂敷包みを広げて見せると、中にはじゃらじゃらと燃えないゴミのような物が入っていた。
テマンはその中から、一つ掴み出す。
「医仙様のはこれですよね」
それを見てウンスは大きな声を上げた。
「そう!これ!私の鉗子、見つけてくれたの?!」
「はい。
大護軍の言う通り、あそこを探したらすぐに出てきました!」
テマンは大きなコナラの木を指差す。
その木の枝には数羽のカラスが止まっていた。
「まさか…カラスが犯人?!」
はい!テマンがニカっと笑う。
「信じられない…ヨンあなたどうしてわかったのよ?」
「下働きがカラスに困っていると話しているのを聞いて、典医寺の裏の雑木林に、この時期カラスが集まるのを思い出したのです。
奴らは光るものを持っていく習性がある上に、頭も良い。
あの奥の個室に良いものがあるのを覚えて、窓が開く機会を窺っていたのでしょう」
「確かに、無くなる前はいつも窓が開いていたわ。
足が生えて出て行ったんじゃなくて、羽が生えて出ていったって事よね…」
ウンスが感心したように言った。
ヨンが考え付かなかったら一生分からなかっただろう。
「この中に、あの医員のものもあるのでは?」
「そうね、どれかしら…銀細工の筒って言ってたけど…」
ウンスはそれらしい物を探す。
他にあるものは、錆びた釘や、割れたガラス、簪などだ。
「これかしら…」
迷いながらウンスは一つの物を手に取る。
だがそれは、彼女の思っていた物とは全く違う形をしていた。
「…これって何だか」
何げにつぶやいた瞬間、頭の中でビリッと電流が走り記憶の回路が繋がる。
ウンスは夫の腕を勢いよく掴んだ。
「ヨン…私思い出したわ…!」
「何を?」
「あの毒よ!
これで話が見えてきたわ」
ウンスは訝し気な表情の夫を見上げ、目を輝かせた。